闇に吠える街~The Promise:The Darkness On The Edge Of .../ブルース・スプリングスティーン ¥14,700
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闇に吠える街/ブルース・スプリングスティーン ¥1,785
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生涯最重要アルバムのひとつ。
最初に聴いたのは高2の時だった。夏休み中通った青果市場のアルバイトの給料の大部分は修学旅行の旅費に当てたのだけど、残ったカネで「明日なき暴走」「青春の叫び」「アズベリーパークからの挨拶」そしてこの「闇に吠える街」と、当時持ってなかったスプリングスティーンのアルバムを揃えていった。
大将のレコードの入手方法としてはなかなか正しいと思う(笑
レコード、CDで買い直した外盤、紙ジャケ(コンプリート特典の箱が欲しかったのよ)、3種類持ってるがこれは買わねばならん。
本編リマスターはどうでもいいが、未発表お蔵出し21曲2枚組に製作ドキュメントや初公開ライブのDVD3枚がついて総収録時間8時間オーバー。同種のストーンズ、レノン、マッカートニー他のジジイ向け企画に比べなんて良心的な大盤振る舞い14,700円だろう。(アマゾンで買ったから20%引きー)
これぞ「ベッドルーム・ロック」の走りか? ジャケットのやさぐれ方が最高。 あなたや私の住む地方都市のそこらへんにいる兄ちゃんと姉ちゃんのいつかの夜に置き忘れられたどこにでも転がっている安い夢とありがちな絶望がどこか荒涼としたロックンロールサウンドに乗せて歌われる。 10曲すべてが素晴らしいが「表現」することの深遠を「街外れの暗闇」に立って見出したタイトル曲は私にとって最重要な一曲である。 上記はわたくしが東北部在住時に書いたアマゾンレビュー。当時晩はヒマだったの。
そう、このジャケの疲労感。これぞロッケンロール!
寝起きのようなだるだるのジャケットが中の音楽を的確に表している。
前作「明日なき暴走」での、スペクターな音の壁で精緻かつ豪華絢爛に築かれた、疾走するロマンティズムを徹底的に排除した音像。
でもそのスカスカの向こう、鳴っている楽器の向こうに途方もなく大きな闇、空間が広がっている。
前作が大都会の「裏通り」のごちゃまぜの混乱の中を駆け抜ける音楽だとしたら、この音が鳴っているのはたぶんおれらやあなたたちの多くが住んでるありふれた町の一角。
そこはきっと「市営グラウンドの駐車場」や、何も変わっちゃいないことに気がついて立ち止まる坂の途中とつながった場所なのだ。
クルマの窓ガラス一枚隔てた夜露に濡れる空気。立ち止まって見上げた最終電車の後の夜空。
それらは生まれてきたことを呪う者が持つ瞳の彼女が父親の家のポーチから見つめる夜につながっている。(ここ、甲斐よしひろがパクった・・・)
我々の多くが暗闇と隣り合わせに日々を暮らしていくのはそんな場所なのだ。
「Badlands」や「The Promised land」での疾走の試みは暗闇に巻かれてどこかよたっている。
「Prove it allnight」では闇を当たり前にあるものとして受け入れながら走る。
「Something in the night」は真正面から向き合って、一体になって闇に溶けてしまいそうになるまで見据え続ける者を描いた曲。
そのあとで「Racing in the street」に灯されるわずかな光と温かみ。
最後に宣言として鳴らされるタイトル曲「Darknes of the edge of town」。
今夜おれはあの丘に行く もう止められない 持っているものすべてを持って丘の上に立つ 夢が見つけられ失われるあの場所で人生を賭けてみよう 時間に遅れず行こう そして代償を払うだろう 町はずれの暗闇でしか見つけられないものを 望んだことの代価を 19歳のおれは、レコード5枚組ライブ盤でのこの曲の、ありったけの衝動を叩きつけるような強烈な演奏を聴きながら、「町はずれの暗闇でしか見つけられないものを望む」ことは、「表現する」ことだと考えていた。ロックンロールで闇に降りていくのだと。
そのことは今でも間違ってはいないと思うけど、もっと広く感じることもできるんじゃないかと思う。
暗闇は「表現行為で身を立てていく」という限られた人間の周りだけにあるもんじゃない。
そのへんのおれやあなたもいつ気づかないうちに呑まれて溶けてしまうかわからないから。
だけどその闇には何か人をひどく焦がし惹きつけるものがある。
やっぱりロックンロールは、闇に降りていくには最良の手段のひとつだ。なにしろ踊っているのだから。
また、この寝グセあたまによるスカスカつまり必要最小限にそぎ落とされたサウンドには、パンクの影響があったことを付け加えておく。パティ・スミスとの共作もあり、実際の交流もあった。
「Candy's Room」での性急な爆発感や、アルバム全編にわたってブルース本人が鳴らし続ける、メロディアスな要素のかけらもないガラスを爪で引っ掻くような壊れたギターソロもそれを裏付ける。
詞の出発点も、まちがいなくNo Futureであった。だがそれは若者の絶叫ではなく、30に手が届こうとしている者の残酷な現状認識であった。だからピストルズのように唾と悪意を吐くだけ吐き散らかすことにすべての存在意義を賭けるだけでは終わらない、いや終わらせてくれないものだった。
スプリングステイーンはピストルズよりクラッシュに近かった。
「闇に吠える街」はパンクの爆発的な人気が頂点を極めていた頃曲を書きレコーディングした作品でもあった。俺はニューヨーク・シティにあった行きつけの小さなレコード店で、パンク初期のシングルを出た先から買い占めていた。家に持ち帰って聴いてみると、何かしらユニークで否定しようのない、自分の経験にとってもそう異質ではないものが聞こえてきた。 音楽的な方向性を既に選んでいた俺だったが、素材やテーマ選びに際しては、これらのレコードの強硬なパワーが「闇に吠える街」に辿り着いたのだ。 -ブルース・スプリングスティーン 本Boxライナーの自筆コメントより-
宝の山の未発表曲については、またいつか。