Maximum!! -23ページ目

Maximum!!

生きてることを喜ぶことを罪ではないと信じる者たちはロックンロールで悩みを抱えたまま踊る。

3日の雛祭りは、仕事をおっぽり出してエルヴィス・コステロを観に行ってきた。
この人とももう四半世紀を超えるつきあいであるが、ライブに行くのは初めて。

ダリル・ホールは「ポップ界の暁照夫」(ああなんでこんなうまいんやろ)であるが、わたくしはコステロのことをひそかに「ロック界の横山やすし」と呼んでいる。

メガネかけてるだけちゃうんけ

という声も聞こえるが、デビュー当時は「怒れる若者」と呼ばれたパンクの出である。
1stアルバム収録の大名曲「Alison」からはっきりと聞こえていた、メロウで美しいメロディの中、
I think somebody better put out the big light
あたりで突如噴出する激しい感情の爆発。
どんなにポップな、またはバカラックや弦楽カルテットと組んだ完成度の高い音楽をやっていても、コステロの表現の核にあるのは、この世界の成り立ち方そのものへのやるせない怒りである。
そしてそれを支えるのは、とんでもなく高度な「芸」であること。
横山やなあと思うのだ。

サンケイホールブリーゼは小ぶりな劇場で、席は1階ほぼ最後列の左端だがけっこう舞台から近くて見やすい。
ステージにはエレキ、アコースティックとりそろえギターだけが7本ほど置かれていて、どうやら今宵はひとりライブのようだ。
定刻5分遅れで、上下スーツにハットでトラディショナルにキメたコッさん登場。

この広い肩幅のスーツで両肩揺らしながら歌ってると人生幸朗にも見えるが、

ええ声

伴奏がギター一本ということもあるだろうがそれはそれは震えて伸びてホール中に響き渡っていく。
昨年秋の新作からの曲が多く演奏されるのだけど、Everyday I write the book や 
Alison といった古い曲もまったく同じ輝きを放っている。
Alison歌い終えて1時間で帰ろうとしたので焦ったが、アンコール2回を45分やってくれたので大満足。

ラス前は、去年のジャクソン・ブラウン&シェリル・クロウライブでも演奏されたアンセム、
What's so funny 'bout peace love and understanding

レコードでのつんのめるようなロックンロールとはまた違う、テンポを落としてコードをざくざく刻んでゆく演奏に乗せてコッさんは、

平和と愛と理解の何がおかしいねんドアホ!!

と、怒っていたのだ。

オーラスはさらにぶちまけるPump it outで幕。

個人的に、2曲目にこの曲を演ってくれたのが嬉しかったなあ。
2004年のアルバム「デリバリー・マン」より。北の果てで焼酎もって聴いてたよ。

ツイッターより、腐った根性の典型的な例発見。

noiehoie なんで、自分で「私は〇〇人です!!」なんていわなきゃいけんの? いみがわからん。 
RT @timerecord_a: 俺、のいえほいえと同じ関西出身で実は同和や在日の友達いっぱいいるんだよ。参政権問題がなければ両者がいがみ合うこんな事態にもならなかったんだと思う


アメリカで公民権運動が起こった時、したり顔でこのtimerecord a みたいなことを言う白人がきっといたんだぜ。
プリクラの思い出 ブログネタ:プリクラの思い出 参加中


7年住んでた中国東北部の街のゲーセンやショッピングビルにはニッポンの中古ゲーム機やプリクラがけっこうたくさんあった。
中国人男子に人気があったのはやっぱりクルマのゲーム。一時通訳の兄ちゃんと飲みに行った時の二次会は必ずゲーセンだった。
人気がなかったのは馬にまたがって走らせる競馬ジョッキーゲームw ケーバ無いもん。

そしてチャイナ女子のハートをがっつりつかんでたのがプリクラであった。

当社にはなぜかわたくしになついていたむすめ社員(19歳年下)がいて、工場内で会うと喜びと恥じらいがまじった実に実にイイ笑顔を向けてくるわけですよ奥様!

これは社内でも話題になり、「あの子はなめぴょんのどこが気に入ったんでしょうねえ」という同僚の疑問に当社社長が

カネに決まっとるやないか

と言い放ったりするなごやかな会話が交わされていた。

また中国人幹部からは「あの子の両親が反対するなら私が説得してやる」と真顔で言われて、「いやそこまではまだ」と止めたこともある。中国人もイイ歳の独身男女を見るとみんな世話焼きのおばはん化するところはいっしょだ。

んでまあ、ごはん食べたりしてたわけだが、とある日曜日ボーリングに行って麻辣湯食って散歩してるとプリクラ発見。

む「いっしょにうつすのよ」

店員がアルバム持ってきて、背景選べと言うからいろいろ撮りましたわよ。
いっしょにクルマ乗ってるのとか、ドキドキフレームとか。
たぶん人生3度目ぐらいのプリクラ(うち一度は男3人)であったが、

あれはわたくしの生涯のピークのひとつだった。

しかしその後。

夏の社員旅行の前日、スーパーにこのむすめといっしょにおやつ買いに行って、冷麺食って、「みんてんちぇーん」ってにこやかに手を振って、翌日の「急流ボート下り」では事務所の中国人日本人全員からこの二人でペア組んでボート乗るのだろうと思われていたところ、川に向かってる途中で

む「xxくんとやくそくしたからいっしょにのれないの」

と言われて目が覚めた。
(後でわたくしの部下の東北おやぢ営業部長がむすめをつかまえて説教して泣かしていたので止めた)

でもそれからも昼休み日本語教室やら、大晦日に水餃子作って持ってくる(ただし母親製)とか、淡くて清くて正しい交流は帰国するまで続いた。

ちなみに、xxくんは社内の別のむすめとちゃっちゃと結婚しており、「このままでは昔の軍隊みたいになってしまう」と言って女子社員採用を増やした製造部長の先見の明が証明されたのであった。

しっかし今あのときのプリクラ見返してみると、むすめの可愛らしさとは別に、わしが若いやんけ!ということにげんなりするこの頃である。
Gloomy/毛皮のマリーズ

¥2,310
Amazon.co.jp


最近家内ヘビーローテの毛皮のマリーズ2009年のこのアルバムを聞いてたら、最後の「悪魔も憐れむ歌」でこんな歌詞が出てきたのでもう焼酎飲むしかないと思う。

ラブis平凡/ラブis退屈 そしてロックンロールはそれの反対
ラブは無償/ラブは真実 そしてロックンロールはそれの反対
さよならミュージック さよならラブ
私はとてもロックンロール
さよならミュージック 大嫌いだ
私に似てて 大嫌いだ


タイトルはストーンズだが、裏ジャケ英文で"The BEATLES of Tokyo"と煽られているように、このアルバムはゲットバックなスライドや苺畑のメロトロンや乗車券に刻まれたアルペジオや人生に流れるトイピアノやらで満ちている。
その中で志摩遼平のVoはひたすら、あの不機嫌で女たらしでみじめったらしくて、全世界にケンカを売りながら泣いているジョン・レノンを再現するのだ。
そうなんよ。ビートルズを初めて聞いた時の圧倒的な異物感を思い出したのよ。
そういうイケ好かない性格でこの世のすべてをヤスリがけするザラザラのでも気が触れそうに美しい声で不信と渇望のもとに歌われるLoveを。手に入れそこねたLoveを。誰の話やねん。

だーかーらー飲むしかないやんけ。

Maximum!!

むぎ焼酎かのか出動です。

こういうときかけるのは、

さよなら情緒 

なMaximum!! The Whoしかあり得ない。
つまみはこのところお気に入りのカルビー「ジャガビー」とガーリックチーズとこないだバンコック駐在員からお土産にもらったヘンな魚のスナックだ。
パッケージほとんどタイ語なので読めねえが、すみっこに英語が書いてあって

Taro Fish Snack Hot Chilli Flavoured

スルメ風に細く薄く削ってあるがたぶん鱈だと思う。TAROは和風を狙ってるんだろうがおまえらやっぱり辛味ふりかけずにはおられへんのか。

これより二杯目に入ります。
10分ほどの休憩のあと、ソウルフラワー・モノノケサミット登場。
SFU別働隊のモノノケサミットは、地震の直後95年2月10日、灘区の養護学校でのライブが初ステージ。

1995年1月の阪神淡路大震災の直後、関西を活動拠点とするロック・バンド ソウル・フラワー・ユニオン は、伊丹英子の発案で、被災地での「出前慰問ライヴ活動」を開始。日本・沖縄・アイヌ・朝鮮の民謡、壮士演歌、労働歌、革命歌、はやり唄などをチンドン・ミュージック・スタイルで演奏する、 ソウル・フラワー・モノノケ・サミット として、ソウル・フラワー・ユニオンと同時並行活動を始める。 
(オフィシャルサイトより)

本日は以下のメンバー。奥野氏は「インフルエンザ」のため中川氏より出演を禁止されたとか。
中川敬 三線、唄
伊丹英子 チャンゴ、三板
うつみようこ チンドン太鼓
大熊ワタル クラリネット
河村博司 ベース
高木克 ギター
上間綾乃 島太鼓、三線、唄
中里かおり アコーディオン

そう、一昨年ライブ通いを再開してから初めての生伊丹英子さんなのだ。
ひでぼうやっぱりべっぴんさん。←メスカリンのときからファンなのですー

「聞け万国の労働者」でスタートしたライブは、「お前の村の踊りを踊れ」と「芸」をキーワードにした祝祭空間だ。
この日はちょうど建国記念日とかで、朝から街宣車がうるさくてかなわんかったのだが、ニッポンとニッポン文化を愛するとか言うのなら、こういう地べたの人々に長い間歌い踊り継がれてきた音楽を愛するはずなのとちゃうんか。
そしてもちろんそこにはアリランや琉球民謡やアイヌ民謡が含まれる。
そういういろいろな「違い」を抱える人々が、「同化も風化も拒絶する」ままに、雑多にこんがらがりながら生きて踊ってゆく。我々が愛するのは、そんな「場」であって、偶然を恣意的に引き直した「国境」「国籍」などではないのだ。

繰り返しの効かない一回性の生を、自分自身の生として、どう喜ぶか?を突き詰めていくこと。
突き詰めていくなら、辺野古基地や高江ヘリパッドは他人事ではなくなる。
ツイッターで言ったことをもっぺん貼っときます。

「まずは関心をもつことから。基地は沖縄の問題ではなく、ヤマトの問題」と伊丹英子さんは2/11のシャングリラで語った。だからRTします。
RT @ongakuzaru 絶対見て欲しい http://news.livedoor.com/article/detail/5330111/


中川氏が「ちょっとエッチな歌詞もあるんやけど」と言って歌いだした、明治の演歌師添田唖蝉坊の「まっくろけ節」。おおこのメロわしらはよく知ってるぞ。そう、♪知っとるケのケ♪
で、歌詞は要するに、娘さん脚の間から見えてまっせまっくろけのけ。つうてるだけのエロ唄なのだが

こういう伝統こそを誇れ。

インターナショナルで本編終了、アンコールは客席最前列右にいた五郎さんを呼び出して、辺野古フェスタでも演奏された「一台のリヤカーが立ち向かう」共演。
アンコール2回目は綾乃ちゃんをフロントに「踊って帰ろう」琉球囃し、とびはねる綾乃ちゃんがそれはそれはキュートで。でも伊丹さんもキレイだったよ。
昨夜は梅田シャングリラでのソウルフラワーモノノケユニット・ゲスト中川五郎+上間綾乃(琉球民謡唄者)のライブに行ってきた。

以前の記事で書いた「整理番号1番」だったのだけど、ほくそ笑みながら開演待ってたら、わたくしの前に「シャングリラ購入チケットおよびメール予約」の方々が多数おられた。
よかった、生涯の運を使い果たしてなかった。なんとか最前列右端確保。

開演前ロビーでタバコ吸ってたら、真横にフツーに紙コップもって飲み物飲んでる五郎さんがw
結構微妙なこの間を、なめぴょんさんは壁に貼られた告知ポスターを凝視し続けることでやり過ごしました。五郎さんが飲んでたのがビールなのかソフトドリンクなのか、気になったが確認できず。

最初に琉球の若き歌姫、上間綾乃さん登場。
綾乃さん、

べっぴんさんー!ドキドキ

小柄で、顔ちっちゃくて、でも三線もって歌う声は思いがけないほど大きくて震えて伸びていく。
ようつべ貼っとくけど、生で見る彼女はこの映像の100倍可愛いからねっ!
4月に長田の琉球ワールドでライブあるみたいだから行くぞ。



続いて中川五郎氏登場。
昨年10月の辺野古ピースミュージックフェスタから続く「ダブル中川」である。
我々の世代の洋楽好きは、五郎さんにはものすごくお世話になったのだ。
十代の頃から、有り金はたいて買った、または貸しレコ屋で借りてきたレコード、CDの歌詞カードで、「対訳:中川五郎」の文字を数え切れないほど見てきた。
それは信頼できるアーティストについてくる、信頼できる訳詞でもあったのだ。

わたくしも五郎さんが「訳詞の人」ではなくフォークシンガーであることを知ったのはだいぶ遅れてのことなのだけど、オムニバスアルバムで手に入れた「25年目のおっぱい」は大好きな曲だ。
だから今夜の共演はとても楽しみにしてた。

1曲目、バンジョーで弾き語られる「主婦のブルース2011」。
MCで五郎さんが一言「相手側の男の歌でもある」と言ったように、この曲での主婦の後悔に浸かった一人称の背後にあるのは、
"革命を叫びながら二人の場面ではお茶ひとつ入れようとしない活動家"
"無配慮な生中出し/仕事の愚痴/空威張り/愛人を作る理由に持ち出すFreedomとLove/などなどからできている亭主の「元ヒッピー男」"
"かなりな高確率で父親を再現しそうな息子"
といった他人事ではないオトコどもの姿である。

で、これからいよいよえらいことになるのだが、2曲目はあの精緻な訳詞で織りあげられた中川版日本語詞「ライク・ア・ローリングストーン」。
ことばが16ビートの高速アコギカッティングに乗せて叩き出されていく。
そのビート感はまさしくロッケンロールで、エンディングではエレアコをプラグ・インして轟音ディストーション!オルタナだニールヤングだ。最後フィードバックかかりっぱなしのギター投げ捨て。

汗まみれで「まだ2曲目でした」とつぶやく五郎さんに紹介されてモノノケサミットメンバーより4名がジョイン。おお大熊ワタル氏が。河村氏が。ふだんのソウルフラワーユニオンライブでは見られない豪華メンツ。

3曲目はアメリカン・フォークロックセッションに乗せて歌い、語られた
「100人分のランドセルを5人に背負わせるニッポンと沖縄」の関係。
そうなんだ。タイガーマスクのランドセルに反応するなら、そこまで思いをはせるのはもうすぐのはずなんだ。

最後もモノノケサミットとの共演「Big Sky」。
大熊氏のサキソフォンに導かれた骨太のロックンロールは、年齢とがっつり対峙した、去って行ったものとここに残る者がいつか出会う大空の歌。
ギターを抱えてステージ中を駆け抜ける五郎さん(61)。
最前列の手すりに足をかけてストンピング。汗をとばし髪振り乱してシャウト。
そしてエンディングは、ステージ左端からの膝スライディング!

五郎スプリングスティーン! なめぴょんさん狂喜乱舞。

ロックスター五郎

ラストのキメでは、マイクスタンドをはねとばし、危うくわたくしの目の前で舞台から転落するのではと手に汗握らされた。

ここで一部終了、セッティングのための休憩となったのだが、客席では半ば呆然とした「すげえ・・・」の声が渦巻いていた。


五郎さんですっかり長くなってしまったので、本編魂花は次回に。乞うご期待。
皆様、

新年快楽打ち上げ花火

本日は旧暦1月1日、春節でございます。

おまえら全員強制的に1つトシとるんじゃー

まあ、数え歳でかんべんしてやる。


ということでわたくしは今日から4日間のプチ春節休暇です。本場はもっと長いが残念ながらここはニポンだ。

初日、タワレコで(行くとこはいっしょかー)見つけたこれはすげえ。

ティン・パン・アレイ/毛皮のマリーズ

¥3,200
Amazon.co.jp

おっちゃん毛皮のマリーズ誤解してた。
名前聞いて、「うーん寺山ったらしぶといんだから」と思い、写真見て、耽美にストーンズまぶしたバンドだろうと思ってた。ただしソウルフラワー奥野氏がkeyで参加してると知って、いっぺん聞いてみようとは思ってた。
で、タワーに行ったら新作(メジャー第2弾)が出てて、こういうときはありがたい試聴コーナーで2曲目を聞いてぶったまげる。

早速購入し、今聞き終わったのだけど、こーれーはええ!

ホフディランのワタナベイビーを軽く首絞めたようなカエル系Vo。
「ティンパンアレイ」というタイトル通り、ポップの魔法をあつめてカントリーソウルフレンチ弦楽バラッドまでも詰め込んだ音楽のおもちゃ箱。

そして「最後のロックスター」と称されるグラマラスで徹頭徹尾フィクショナルなバンドのたたずまいは、そう、

「わかってやってるバカ」

わたくしはスプリングスティーンと暗闇で踊り、パンクで焼酎あおる一方で、こういうバンドもまた心から愛している。最高峰フレディを筆頭に、かつて日本にもすかんちがいたじゃないか。

コロンビアの公式ようつべなのですぐ切れるのだけど、まあ聞いて見てみて。
ニッポンのグラムフィクションの肝である歌謡曲フレーバーも、しっかり抑えられてるよ。




そしてこのパチモンくさい祝祭。




ただしちょっと心配なところもあって、このアルバムの世界観の骨格になってるのはもちろん志摩遼平の声なんだが、音像として立ってるのは奥野氏の鍵盤はじめ、ホーンズ、スティールギター、ストリングスなど、圧倒的に「バンド以外」から鳴らされる音なのよ。バンドである必然性よりも、志摩氏のソロプロジェクトで充分なんちゃうのと。
まあこれは今作の成り立ちから来ているのかも知れないとは思うので、1stも聞いて、4月のなんばライブも行ってみようと思う。
さてなめぴょんさんは勤続20年wのご褒美としてリフレッシュ休暇5日間の権利を取得したのだが3月年度末までに使わねばならん。
ならば中韓華僑アジアがお休みなこの春節しかあらへんやんけ。つうことで明日から4連休です。
⇒計算がおうてないが、2日しか取れへんかった

従って焼酎パンクの夕。
酒のんだらパンクかガンズか筋少か神聖かまってちゃんだと全人代で胡錦濤が決めたのだ。
クラッシュの「ジャケット丸ごと包む帯」のあのアルバム(当然紙ジャケなのら)からブルハに移行し、24年前の衝撃がいまだにキープオンロケンローな初期2枚轟音なう。
こうなるともう聴いてるだけじゃまどろっこしいやんけ。
アコギもってひとりカラOK移行。

つうことで、さっきツイッターでシャウトしたことを貼っときます。


中国の北の果てに、「リンダリンダ」を覚えてくれてる人が何人かは確かに存在すること。それはおれの白酒にまみれた日々の証しであり、ロッケンロールからもらったたくさんのことへのささやかなお返しなんだ。

・・・で、チャットまだ開いてくれへんか。
お酒には強い?弱い? ブログネタ:お酒には強い?弱い? 参加中

私は 弱い派!



正確に言うと、弱かったが多少飲めるようになってまた弱くなったw

まあ中国東北部に行く前はほんまにビール一杯ぐらいでした。
そりゃ大学生の頃はコンパ(合じゃない方)などで飲まされたりもするのだが、苦痛でしかなかった。
だいたい、赴任直前に家族送別会で行った串カツ屋でビールとチューハイ飲んで倒れてたからね。

酒飲んで何が楽しいねん? アホか?

そんなわたしのばいちゅうデビューは、赴任前出張で行った北京だった。
当社として初めて出展した展示会だったのだが、偉いさんが重要顧客を接待に連れていったウラで、現場責任者のなめぴょんさんは当社社員や助っ人ハルピン代理店おやじたちを率いて慰労のため焼肉屋へ。

ビールやチューハイぐらいしか飲んだことのない日本の下戸になみなみつがれるばいちゅう。
それはまるで、母の乳房しか口に含んだことのないタイ乳児、韓国乳児たちが闘魂伝承伝統継承のために無理やり味あわせられる「からいものデビュー」にも似て。
乳児は泣けばすむが、大人がかんべんしてもらえるのは

えろえろえろえろ

そして床に転がって痙攣のみ。
(なんかねー、慣れないうちはねー、吐くと体力と体温を消耗するみたいで、がたがた震えるのです)

しかしこのときわたくしを追い込んだ営業部長には「なめぴょん=弱い」という認識が刷り込まれたため、後年赴任した際は良き理解者となってくれたのであった。
でも指突っ込んで嘔吐自由自在の技を会得するまではよくオンフロアでシェイク&ロールしてたよ。

かの地で日々地元スタッフや、客人たちと精進を重ねるうち、38度ならばんじん(250ml)通常1本、max2本飲めるようになった。アホやという認識は変わらなかったが。だってビールならその都度コップまるごとひどいときは大ビン1本干さなあかんけどばいちゅうならワンフィンガー分ですみますのよ奥様!

【覚えておきたい宴会用語】
 ★いーむでぃー: 指一本分のみます
 ★りゃんこー: 二口で空けます (「かんぺー!」と迫られた際使用)


最後の方は、全国代理店の皆さまをお招きした「CBC」(China Baiju Classic)が3カ月に一度開催されるようになっており、全中国の強豪VSホスト地のメンツをかけた熱い戦いが繰り広げられていた。わたくしはレフェリーに徹していた。

ちょっとだけアドバイスです。
白酒のあの強烈な匂いと舌を刺すような感じが苦手という方もおられましょう。
前任日本人駐在員から教えられた飲り方とは、

味わうな

のどの奥に送り込め



そんな「ゲロ吐くことだけ上手になって」な日々を終えて帰国して後、ひさびさにのむ機会があったりすると

フルーティ

なフレーバーを覚えてしまう自分がとてもイヤです。
でも、あの頃に比べたらぜったい弱くなってるな。

ちなみに我々がいちばん恐れた宴会は、3月8日の「女性節」通称「さんぱー」に行われる、17歳から50歳までの全女子従業員と設ける一席でありました。
こーれーは逃げ場がなかった。
その後のカラOKチークダンス祭りもねドキドキ





お酒には強い?弱い?
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