昨年の4月に、膵臓膵頭ガン、ステージ2bの診断が下った母は、
内心、どんな気持ちだったのだろうか。
普段から、あまり自分の本当の気持ちは、表に出さない母。
姉が言うには、最初に診断を下された時の、若い外科医の一言が、
母の、自分のガンに対する、恐怖心を強くしたようだ。
今でも忘れない。おそらく、一生忘れないだろうと思う。
若い外科医。優秀そうで、淡々と事実を述べていた。
問題があるかといえば、ないんだけど、
今思えば、相手は、AIの方が良かったかもと
思う。
「切らなければ、半年持ちませんよ。(さぁ、切りましょう!)」
にべも無い、外科医のストレートな一言は、
患者をいとも簡単に、地獄に突き落とす。
だからこそ、自分が母と同じ立場になった時は、
自分に言い聞かせたいと思う。
自分の人生の舵取りは、自分でする。
京都大学の霊長類研究所の報告に、面白いものがあった。
授乳中の、赤ん坊の様子が、霊長類の中でも、
ヒトのみが、乳をくれる相手を眺めながら飲むのだそうだ。
他の科の霊長類は、一気に母乳を飲み干していたと言う。
つまり、ヒトは、母乳の栄養だけでは、足りないと言うこと。
愛情のこもった言葉や眼差しが、基本的な生命維持にも
必要だと言うこと。
クリミア戦争で、ナイチンゲールの看護方針により、
イギリス人軍人病院での死亡率が、42.7%から、
2.2%にまで下がった事実。
〜病気は、医師や看護師が治すのではなく、患者の治癒力や、
回復力が病気を治すのだ〜
これが最も発揮されやすい状態に置くのが、看護なのだと言った。
回復期には、誰でもできるような、仕事を手伝ってもらった。
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存在意義を感じられ、生きる喜びが増して、
生きて帰ろうとする気持ちが湧くように。
などなど。
内側からの回復を願って、兵隊の気持ちを支える看護を
行ったのだ。人間として、真っ当に扱う。
どんな現場でも同じことだが、人間は、人間同士で支え合うもの。
かける言葉の一つで、世界は一変するのだ。
でも、その言葉は、全部鵜呑みにしない方がいい。
特に医療においては。
どんな言葉をかけられようが、人生を決めるのは、
自分なのだ。
沸き起こる、怖さ。言いようのない不安。
きっと想像を超えるものがあると思う。
少しでも和らぐように、受け止めてくれる人や場所で、
一杯助けてもらって、少しでも自分のうちから立ち上がれるように、
一杯甘える。
そして、さぁ、自分はどうしたい?
私自身が、深刻な病に侵された時、まず自分と対峙することを
忘れないでいようと思う。
そして、今ある命を存分に生かすことが、私の使命なのだ。