昭和20年、酉年生まれの母。

 

下町育ちで、その言動は、チャキチャキ。

考えるより、動けの人。

 

 

亡き父も、その行動力に惹かれたんだと、夫婦喧嘩中に、「なんで私を選んだのよ!」と、亡き母に怒鳴られたときに、本音を漏らしていた。こういう記憶って、子どもは忘れないんだなぁ。今でも、その時の、父の言葉の熱さまで、ありありと蘇る。

 

 

そんな母は、数年前、大腸癌(おそらくステージ0、内視鏡手術日帰り)になった後も、回復も早く、朝から夜遅くまで、日本料理屋の和服のお運びを週5日以上こなしていた。

 

 

「仕事しなくちゃ。寝ていられない!」、と。

 

 

それでも、筋力もめっきり衰えた中受けた、十二指腸膵頭切除手術は、彼女には、経験したことのない大きな杭となった。

 

術後は、彼女らしさを支えていたと言っても過言ではない、覇気が、日に日に落ちていった。

 

 

病院では、術後は、「すぐ、動きましょう!回復が早まります!」と、毎日のように、主治医に急かされていたが、母曰く、

 

「そんな気になれないのよ。体も頭も重くて、寝ていたいのよ。」と。

 

 

産後うつが重く、10年以上、慢性疲労症候群的症状(体が鉛のように重く、気力が沸かない。)に悩まされている私には、その辛さが手に取るようにわかった。

 

 

「わかっちゃいるけど、だるくてね。」

 

 

その後に続く、下痢、食欲減退、味がしない、などの症状を仕方がないと受け入れられても、以前のような、溌剌さが戻ることはなかった。

 

 

遠くにいた私にできることは、LINEで、ただただ、母の言葉を聞くことだけだった。自分の鬱症状が酷かったとき、それが一番うれしいことだったから。