12月10日、土曜日に行ってまいりました。通し狂言仮名手本忠臣蔵。ついに仇討ちも完結編でございます。

共に観劇した友と私の二人連れも足掛け三ヶ月、本懐を遂げましてござりまするーーー。どんどんパフパフわーいわーい(・∀・)

いやはや幕が閉まったその時は、我々までやり遂げた感でいっぱいでございましたよ。

 

上演台本もコンプリート爆  笑

10月の第一部、二段目松切り場の若狭之助の怒りに震える長台詞に、ヤケにグッときてしまい、劇場売店で売り切れていたところを通販で直接購入した上演台本。それ以降は、劇場に到着してまず最初に買い求めるようになりました。有名な台詞なぞ、改めて文章で見るも良いものです。

 

 

八段目 道行旅路の嫁入り

押し掛け同然の嫁入りのため力弥の住む京都山科へ向け、東海道を旅する母娘。背景の黒幕が落とされ大きな富士山が現れると心躍ります音譜東海道の旅って晴れた空が似合いますね。小浪は児太郎君、福助さん同様美人だよね。戸無瀬は魁春さん。小浪は鴇色の着物に萌木色の帯、真っ赤な丸ぐげの帯締め。その拵えの上品で素敵なことラブラブラブラブラブラブラブラブほんっと惚れ惚れするような綺麗な色合いでねー。松並木の緑と突き抜ける青空にそびえ立つ富士山。その中で戸無瀬の真っ赤な衣装も目に鮮やか。

児太郎君の小浪は可憐すぎていないのがとても好き。というか。ちょっぴり影も持ち合わせたような雰囲気で、米吉くんの小浪より少し大人っぽく見えます。私にはちょうど良く感じられました。

 

内容は。遠くに見える大名家の嫁入り行列に、戸無瀬、こんな騒動の渦中になければ小浪をそれ相応豪華に嫁入りさせてやれたものを…と、少し悲しく羨む様子が、綺麗賑やか華やかな舞踊の中でスパイスになっている感じがしたのでした。戸無瀬が後妻で、小浪にとっては継母だって、この時初めて知りました。

 

歌詞には東海道の名所が練りこまれていて、富士山を横目に見た駿河路ですね。「薩埵峠」「三保の松原」「駿河の府中」「蔦の細道」「丸子川」「宇津の山辺」「大井川」「島田」「吉田」…このあたりは個人的には地元でして、情景がよく浮かびます。

 

 

九段目 山科閑居の場

アポなしで白無垢って!?

家に押し掛けたものの嫁入りを拒否され、その家の庭で死のうとは、結構強引な状況びっくり

由良之助も力弥も姿を見せず、初期対応は妻のお石のみで。

冷たくあしらう大星家の心の内は…。

嫁に来てもらったとしても、待っているのは悲しみであり…。直に夫と死別する運命ならば、いっそのことこの婚約は諦めてもらい他所へ嫁入りしてもらったほうが、あなたがたのためである。

まぁ、分かるけどね。

わざと冷たくしているって分かっていても、なんだかあんまり意地悪な感じの笑也さん演じるお石。低めの抑えた声でね。小浪に刀を振り下ろそうとしている戸無瀬を、襖の向こうから「御無用~」と止める声が男かと思ったよ。いや、男だけどさ。

どうしても嫁に来たければ加古川本蔵の首をこの三方に乗せてもらいたい、とか。鬼かと。

本蔵が判官を抱きとめなくても、切りかかろうとした時点で切腹は免れなかったでしょうに。逆恨みも甚だしいわな。これも二人を諦めさせる口実でしょうが…。

 

お石って、どういう役どころなんでしょうね。

幸せになれない結婚を気の毒に思う優しさが根底に感じられれば良かったんだけど、ひたすら憎々しい感じで見ていて気分が悪くなるというか…。役のせいなのか、演じる役者のせいなのか、そういうものなのか。とにかく好きにはなれませんねぇ。

 

それにしても。

加古川本蔵さまの娘を溺愛するパパっぷりが知れたことが、意外な収穫でした。

喧嘩腰のやりとりを止められて、その袂を引っ張るのは妻戸無瀬だと思い荒っぽく振り払おうとしたら娘だった時の優しい顔とかね。それ以前の台詞でも

小浪「国を出る折り、父様の仰ったは、浪人しても大星力弥、行儀といい器量といい、幸せな婿を取った」と…

小浪「身重になったら早速に知らせてくれと仰ったを、わしゃ、よう覚えている。」

戸無瀬「一時も早う祝言して、初孫の顔が見たいと、娘には甘いは父の習い」

二段目から引き続き、やっぱ好きだなぁ、加古川本蔵。

 

死を覚悟した本蔵から高家の見取り図と渡されてからの、これでいよいよ仇討ち準備の歯車が回りだしたという高揚感は凄かったです。ただし、全役柄の行動や心情には現代人としてはいまいち理解不能というか、共感できるところがないというか…。そんな九段目なのでしたー。

 

 

十段目  天川屋義平内の場

仮名手本忠臣蔵を通しで上演する、と言われても上演されないことの方が多いこの幕。以前歌舞伎座で通しを見た時は、この幕は上演されず。初めて見ることができましたビックリマーク

 

いよいよ討ち入り準備も内々に進められ、由良之助より武器調達を依頼された天川屋の主、義平。討ち入りことを周囲に悟られちゃいけないということで、次々店の者に暇を出し、女房お園まで理由も言わずに実家に帰らせる。幼い子供がいるのに一人でね。

そこに“武器調達に加担した罪”とドヤドヤと捕手に家に押しかけられ、武器の入った長持を開けられそうになって、あの有名な場面。

「天川屋義平は男でござる~」どっひゃ~~爆  笑

この台詞に場内、ヤンヤヤンヤの大騒ぎ。その日一番の特別に大きな大きな拍手喝采でした拍手拍手拍手拍手

ちょっとね、「なんなの、この盛り上がりは??」って面白かったですよ、一瞬。

思うにですねこの場面。ほとんどの人が

  1.  名台詞として、「天川屋義平は男でござる」という言葉を知っていて、更に…
  2.  長持にどっかと座って両手を広げているポーズを写真や名場面の映像みたことがあるけれど…
  3.  実際にこの場面を体験するのは初めてグー

少なくともあたしはそうよっ。

だから結局、ほぼ全観客の「初めて見れた~~~~!!」という大興奮があの拍手喝采だったんじゃなかろうか、と(笑)。

そして何よりも大喝采の原因。歌六さんの天川屋義平、カッコ良かったんですわー音符

いやはや。歌六さんで見ることができて幸せだったねラブラブ

 

で、その捕手は、由良之助が、天川屋は口が固いのかどうかを試すべく送り込まれた浪士だったわけですが…。大迷惑なのはお園さんですよ、可哀想に、彼女からすれば…

  • 訳も聞かされず実家に帰されびっくり
  • あとから離縁状を書かれた挙句、親には他所へ再婚させると言われムキー
  • 天川屋へ「訳を知らせて!」「せめて子供に会わせて!」と泣いて頼みに戻っても冷たく外に放り出されガーン
  • 締め出され戸の外で一人泣いていたら、グラサン覆面の輩グラサン(由良之助の意向を汲んだ浪士ですが)に無言で髪の毛を切り落とされびっくりびっくりびっくり櫛笄も盗まれてガーン(はぁぁぁ!?でしたわ)、どん底な気分で号泣えーんえーん。

 

災難にも程があるわ…滝汗

 

そして梅玉さんの由良之助、これがまた涼しい顔で(それこそが梅玉さんなんだが)

「それこそはこの由良之助の計らいにて、(略)根よりふっつと切らせし心は、いかな親でも尼法師を嫁入りさそうとは申されまじ、嫁に取るものは猶あらじ、その髪の延びる間も凡そ百日。我々が本望遂ぐるも、百日はよも過ぎまじ。討ちおおせた後、目出とう祝言。その時にはこの櫛笄、この切髪を添えに入れ、笄髷の三国一、まずそれまでは尼の乳母、一季半季の奉公人。」

だってさ。

“めでたしめでたし”って強引に思わせようとしているけど、お園さん怒っていいからね爆  笑

我々は苦笑いでした。

いろんな意味で印象強くて台詞全文書き出してみたよ。

 

 

十一段目 表門討入りの場 ~ 花水橋引揚げの場

浅葱幕が切って落とされた瞬間、舞台にあの有名な拵えの46名がずらりと並んだ光景に場内「おぉぉっ」と、どよめきましたね。

3ヶ月かけて、観客も「待ってました!」の気分でいっぱいです。

46名もいると、主要メンバー意外の方はお顔の拵えもあっさりと素顔に近い感じなので、一人足軽という立場上揃いの衣装がちょいと違い、「ネイネイネイ」とお顔の化粧も拵えも髪型も大時代な雰囲気の錦之助平右衛門。立場は一番下っ端なのにやたら男前だ爆  笑

 

梅玉さんの由良之助、見る前はいまいちイメージが涌かなかったのですが、これがあっさり風味でほどよい味わい。いよいよ実行に向け準備が実際に動き始めて、冷静に淡々と指揮を取る、非常に写実的な人物造形といいましょうか。クライマックスに向けてはそれで良いのではないでしょうかね。素敵でした~。

 

最後の最後に出てきましたね、仮名手本忠臣蔵を通して私のアイドル桃井若狭之助様。全てを成し遂げ引き上げる46名と花水橋のもとにてご対面。

「そちも承知のかの折に、受けし恥辱はこの我も、塩冶殿も同じ事。それを思えばなぁ、若狭之助一同に礼を申すぞ。」皆さんの名前を覚えておきたい、一人一人名乗って下さい、と名乗らせる。

この46名に自分のモヤモヤも晴らしてもらい(本蔵様死んでしまったけど)、なんともお得な役どころでしたのね。

 

いろいろ細かいことはまだありますが先月も感想は途中で力尽きてます、どうなることやら。

 

あ。先月のとーっても見ごたえのあった、又五郎さん演じる七段目の平右衛門。11月の国立劇場賞優秀賞でしたよ。

さてさて、今月も行ってまいりました。通し狂言仮名手本忠臣蔵第二部、おかる勘平の道行から七段目まででございます。

劇場に入る前に来月12月公演のチケットを発券したのですが、これで先月の第一部から討ち入りの最後までチケットが手元にやってきたということで、何やらコンプリート感が凄い爆  笑妙な満足感がありまして。

 

近頃はまっている上方落語に「七段目」という演目があります。(桂吉朝さんが絶品で、お弟子さんの桂吉弥さんは動画があってより楽しいです。)商家の若旦那が尋常でない芝居好きで、店の主のお父さんに怒られても何をしていても芝居ごっこが始まってしまうというお話なんですね。しっかり三味線に乗ってツケまで入ってきまるという本格派。七段目のおかると平右衛門のやりとりなんか、若旦那と丁稚定吉のおふざけでそのまんま出てくるわけです。いろんな歌舞伎の演目の名台詞が散りばめられていて、その中で、何の台詞なのか分からないところもあったわけです。

 

それは、

定吉 音譜芝居の真似を止めたらよし、嫌じゃなんぞとぬかすが最後 とっ掴まえて 引っ掴まえてやりゃあしょまいが返答は さぁ さぁ ささささ 若旦那返事は、なんとなーーんと音譜

若旦那 音譜よいところへ丁稚の定吉 おのれ一羽で食い足らねど この作次郎が腕の細葱(ほそねぶか) 料理塩梅喰ろうてみよえぇ

 

この由来がね、分かっていなかったのです。

 

という個人事情があった中での本日の観劇。

一幕目「浄瑠璃 道行旅路の花聟」で早速この謎が解明するとは!!鷺坂伴内と勘平の立ち回り前後のやり取りなのでありましたー笑い泣き

 

伴内 音譜おかぼ(おかるのこと)をこっちへ渡さばよし、嫌じゃなんぞとぬかすが最後、とっ掴めえちゃ、引っ掴めえちゃ、千六本に切り刻み、粟麸簾麸椎茸なら、干瓢(勘平)返事は、なんとなんと音譜

勘平 音譜よいところへ鷺坂伴内、おのれ一羽で喰いたらねど、勘平が腕の細葱、料理塩梅喰ろうて見よえぇ音譜

 

これを聞いた時の私の喜びですよアップアップアップ

こんな楽しみ方があるとは先月時点では思いもよりませんでしたわん。

 

さて、真面目な感想です。

おかる勘平の道行をはじめとして七段目なんか特にですが、各話それぞれ独立した一幕として演じられることも多いですが、やはり最初から通して見ると感じることがまったく変わってくる気がしました。

 

浄瑠璃 道行旅路の花聟

先月の最後は城明け渡しの場で、暗い暗~~い気持ちで終わったそのすぐ後。桜満開、向こうに富士山、一面に咲き誇る菜の花畑。この爛漫の春の風情が、それまでの暗い気持ちを和ませてくれるような…。伴内と花四天の賑やかな柄の衣装、立ち回りで両肩を脱いだ勘平の真っ赤な襦袢も鮮やかで、視覚的に素敵な一幕でした。

勘平を演じたのは、先月私のアイドルとなってしまった若狭之助を演じた錦之助さん。おかるは若奥様が近頃お似合いの菊之助さん。そして伴内を演じたのは亀三郎さん。この伴内…悪くは無いんだけど、先月の橘太郎さんの動きも台詞も朗らかで愛嬌のある伴内が絶品だったものだから、どうしても比較してイマイチなんだなぁ。踊りとして体はよく動いているけど、三枚目的なコミカルさが無い気がしてね。顔はあの面白い顔だから、妙にアンバランスというか。面白い役ほど難しいんですねぇ。

橘太郎さんはとても小柄だったので、亀三郎さんはちょっと体が大きく成長した伴内さん。この後七段目の伴内はさらに背高のっぽの吉之丞さんで、小中大と体型変化しておりました。

 

五段目 鉄砲渡しの場

     二つ玉の場

六段目 勘平腹切りの場

通し狂言の意外な副作用が…。先月、三段目の裏門の場で自分の仕事の最中に彼女と外でイチャついて大事な場にいられなかったというクズっぷりを見ているから、どの場面を見てもイマイチ勘平に同情できないという滝汗

 

だってだってさ。その前に納めていたお金は

『殿に不義不忠を働きしその方の金子をもって御石碑料に用いん事、亡君御尊霊のみ心にかなうまじとあって、金子は封のまま差し戻さるる』

と、ご尤もな理由で受け取ってもらえず。間違えて撃ち殺した人間の懐に入っていた五十両をいわばネコババして、そのお金で御用金を収めようとしていたという、悪印象の重ね塗り。

間違えて撃ち殺したのは義父ではなく、その義父を殺した斧定九郎だったことが判明したとはいえ、やってることは褒められたことではないのだビックリマーク

切羽詰った気持ちがさせた事とはいえまったくもって救いようのない展開。勘平があまりの情けなさに泣く場面が複数回ありました。その泣き方が様式的な泣きではなく、大の男が本当にワンワン泣くのが非常にリアルで胸が苦しかったです。自殺したくなるほどに犯した二重三重の罪に苦しむ男の咆哮でした。

しかしなぁ。勘平が切腹して果てるまで、「自業自得だよなーーチーン」という感想がチラつく、ダメ男の救いようのない転落人生の物語。あぁ暗い話だった。

 

魁春さんのお才、カッコよかったですラブラブ そして東蔵さんのおかやの悲しみが胸にググっと迫る素晴らしいものでした。

 

以上。

七段目は気力があったらまた後日~DASH!

 

 

 

 

 

先日11月12日土曜日、市の文化祭の日本舞踊の会で長唄「越後獅子」を素踊で踊ってまいりました。

 

私の師匠による“なみに躍らせるならこんな感じグー”という理想とお楽しみがぎっしり詰まった舞台でございました。

 

10数年前に一度踊った時には、衣装大道具も揃えたのですが、今回は超節約志向で。大道具無し。えぇ、屏風の一双もありません。な~んにもない舞台で色を抑えたブルーのホリゾントは何やら夜空の趣。真っ白く宙を泳ぐ晒が眩しく映えて、他では見られない不思議な雰囲気の越後獅子となりました。

 

藍色を少し鈍くしたような縹(はなだ)色の縞の着物はお稽古最終日に先輩が着ていたものが師匠の思い描くイメージとピッタリだったということで、その場で追い剥ぎをするようにお借りしたもの。もともと衣装として作ったものだそうで、袖口や裾にちょっと綿の入ったふきまでしっかり作られたスグレモノ。

帯は師匠が浅草の古着屋さんで見つけて来てくれたもの。襷は師匠(♂)が昔昔に亡くなったお母様の伊達締め!?をチクチク夜なべして作ってくれたもの。かかえ帯ももともとあった物をこれもまた師匠が夜なべして色を塗ってくれたもの。演出家としての師匠の理想が詰まった拵えでございます。

鬘(かつら)は素踊なんで前割れです。あまり鬢(びん)を張らないように師匠が床山さんに指示したそうです。髷が頭上でとぐろを巻いているヨニコニコ

 

そう、今回あたまを乗っけてもらって、めちゃテンションアップ上がったこの簪!!なんて粋!!なんて可愛いのドキドキ​

 

 

頭のてっぺんに小さな三味線の撥がいるし~~~~音譜

あんま可愛いんで仲間に上から写真を撮ってもらいました。お、師匠とお上さんが写ってますぞ。

この簪は大阪屋の床山さんが、越後獅子は大道芸人だから、と三味線の撥を見繕ってくださったのだそうです。素敵な頭にしてもらって嬉しいなぁ。

頭とは関係ないけど花柳流の後見結びって可愛いよね。

 

舞台を終えて、沢山の方からお褒めの言葉を頂きました。見ごたえのある踊りの舞台というのは、お金をかけて衣装大道具小道具揃えれば良いというわけでは無いと実感。

振りは流派の決まったものですが、良くなるのも悪くなるのも踊り方次第。基本的に踊りのスタイルは元気印なあたくし。私の個性に合わせた師の導きが良かったのだと、皆様の言葉に気づかされます。

 

手踊りの“なんたら愚痴じゃえ”で、トツツルテンで振り向いてから舞台の前方へ身をかがめてシューーと走り出て、イヤぁオイッで決まった時の快感ニヤニヤたまらん。ここで先輩が大向の声を掛けてくれて楽しくなっちゃってそこから二杯踊る踊る。続く“向かい小山”は曲調は静かで手数も少ないのですが、師の指示によれば「ここを終えたら後は晒だけだから、踊り締めと思って、思いっきり踊っていいよ」と。最後の晒振りのお祭り騒ぎにかけての疾走感を大事にしています。

 

いやぁ。諸々の準備は大変だったけど、舞台は楽しかったなぁ。

去年踊った「流星」もそうだけど、自分が踊って楽しい曲じゃなきゃ私は踊りたくないのですよ。

そして自分が楽しんで踊った舞台というのは、どうやら見ている人にも伝わるようです。演出、師匠。出演、私。で作った舞台。今年もまた良い勉強をさせていただきました。またどこかで披露したい気がするなぁ。

もう来年はお財布を休めるつもりでいるけれど、去年に引き続き、いろんな気付きのあった文化祭の舞台でございました。

 

 

 

桂吉朝さん、2005年に50歳の若さで亡くなられ、命日はもうすぐ、11月8日だそうで。

 

ここ2ヶ月ほど、上方落語に魅了されておりまして。

毎日なにかしらの動画や音声を流しっぱなしで聞いています。

エンドレスで桂吉朝さん。そのお師匠さんにあたる桂米朝さんはじめ、米朝一門の皆様が耳に優しい。

上方落語って話の中で下座音楽が豊富に使われていて“小さな歌舞伎の舞台”って感じで華やかなんですね。

「愛宕山」など、同じ演目を上方落語と江戸落語で比較すると私は断然上方が好き。

一人で座って演じる歌舞伎といってもよい気がする。

 

そもそもことの始まりは。

9月の歌舞伎座公演を見に行った職場の先輩が、とにかく「らくだ」が楽しかった!笑いっぱなしだった!!と、その感想を熱く報告されたことに始まったのです。9月は歌舞伎座を見に行くつもりも無かったので、せめて原作である落語バージョンを見てみようと思い、いろんな噺家さんの「らくだ」を見比べていたら、桂米朝さんのらくだがとにかく楽しかった。とても話し方が軟らかくて、どこか上品。そして表情豊かで、優しい人情味あふれるお姿でね。

 

その話は置いといて。

落語と日本舞踊の話。

 

桂吉朝さんの演じる「狐芝居」と、「蛸芝居」というお話の動画。どちらも歌舞伎の芝居が出てくるお話です。それは役者を真似する人物を演じる場合、役者そのものを演じる場合であったり様々です。落語の中でも“芝居もの”と言われるジャンルだそうです。

 

“初”吉朝で死ぬほど笑った『蛸芝居』https://www.youtube.com/watch?v=ZrIrMUVgAns

 

私は日本舞踊と歌舞伎を愛する者として桂吉朝さんのお話を見ました。

吉朝さんが芝居を演じる所作、口跡のお見事なことといったら!

「狐芝居」で「仮名手本忠臣蔵」における“判官切腹の場”では、切腹手順、完コピです(^_^)

 

切腹完コピ『狐芝居』https://www.youtube.com/watch?v=07ylvtT7cro


 いやーね、この動画を知る前に10月国立劇場の「仮名手本忠臣蔵」、2回見に行っておりました。

“判官切腹の場”では切腹の手順ってどうやるんだろ?って観察しながら見てたんですね。

 裃を抜いたら前をクロスさせて、ひざ下に挟み込むのね…とか。

 その観劇の記憶も新鮮なうちに吉朝さんのを見たものだから感心しきりでした。

 見事な完コピ。

 

こんな落語家さんが存在したのか!!と、頭から氷水ぶっかけられたような衝撃でして。

日本舞踊というのは、歌舞伎の一つの基礎となる要素です。日本舞踊の中でも古典作品には歌舞伎に登場する全ての人物の基礎が詰まっています。歌舞伎舞踊を頑張れば芝居の台詞もできるしね。噺家さんの日本舞踊の稽古は、突き詰めるとこういう風に活きてくるのか、と目の覚める思いでした。舞踊から体得する所作が落語に活きている。すごい。なんなら吉朝さんを歌舞伎の舞台でも見てみたいと思ったくらい。

 

といっても、お稽古量だけが物を言うわけではないでしょう。芝居好きであることと、勘の良さも必要なんでしょうね。子供のころから芸事が身近だったという家庭環境も大事かもね。小唄端唄を唄っても義太夫なんかを語っても、鳴物、謡に舞も。どーなっとんじゃ。スーパー噺家さんの素養ってすごいね。伝統芸能を網羅している。

 

以前私の師匠のもとにも若手の噺家さんが稽古に来ていましたから、噺家さんが踊りをお稽古するのは知っていました。話が終わったところで内容にちなんだ短い曲で踊って見せるのだそうです。お世辞にも上手とはいえなくて。吉朝さんも『狐芝居』最後に踊りを披露していらっしゃいますが、下手ではないけど特に上手というわけでもない印象。やっぱり噺家さんの踊りの稽古は踊りそのものを見せるためのものではなさそうです。勘の良さだな、やっぱ。

 

亡くなったのは、11年も前なんだそうで。

うーん、生きていらしたら60歳過ぎているのか、名人と呼ばれていたでしょうね、今頃。

東京にいると、上方落語を生で聞ける機会も少なさそうですが、機会があったら行ってみたいですね。

 

 

 

三段目

足利館 門前の場

「お、旦那がエヘンと仰った!仰ったから、ば~~っさり爆笑 」

はぁぁ。可愛い奴ら。

橘太郎さんの鷺坂伴内、愛嬌たっぷり。軽やか朗らかで大好き。

中間の方々とのナイスチームワークグッド!

 

当然のように勘平を演じる扇雀さんを見て思ったこと。

主だった歌舞伎役者さんで、真女形って案外貴重なの?

20年近くのブランクを経て再び歌舞伎を見るようになった私には、当時浩太郎さんだった扇雀さんには女形のイメージしかなかったんですな~。

そういえば、先月歌舞伎座での『一条大蔵卿譚』で鬼次郎を演じた菊之助くんも。

彼も可憐な持ち味な女形の印象が強かったのですが、鬼次郎では非常に男らしいというより男臭い出来上がりにとても驚きました。お二人共立役女形両方演じる家系の方ですね。

 

    関係ないが、20年ぶりに歌舞伎に通うようになり一番驚いたのは

   愛之助さんが立役になっていたことであります(・ε・) 

   だって秀太郎さんとこの可愛い女形さんだったよ、彼…。

 

足利館 松の間刃傷の場

足利館も桃井館も塩冶判官館でも広いお屋敷の広間であることが、舞台のへり、花道までも敷き詰められたスーパー長尺な薄縁で表現されているのですね。

場内薄暗い場面転換で、最後にその担当であろう大道具さんが抱えた太っっとい薄縁を、舞台の最前の上手から下手へシャーーーーッっと投げ転がして広げるの。何度見ても拍手しちゃうニコニコ

 

ここからが本題。

 

おっとりした顔で、師直の意地悪さもまるで他人事だった塩冶判官。

師直が自分の妻にちょっかい出しているのも、妻から預かった手紙の内容が師直を横恋慕を拒む内容であることもしらずに、ぽよよんと座っている。 ←梅玉判官は、腐った私の目にはそう見える。

「自慢の奥方にへばりついて登城が遅くなったか」

と雑言が始まった時には、判官、しばらく頭の中は「????」だったでしょうね。いきなり斜め後ろからボールが頭に飛んできた、みたいな。

 

そこから刀を抜くに至るまでのプロセスは、台本を読み返しているだけで気分悪くなります。

ひどいねー。散々にいたぶっておいて、イラッとした態度を見せれば「切れよ」と迫り、土下座で詫びさせた上にお前なんかはお役目御免!と言い捨てて。

 

あ。判官はここで泣いていたのか…。若狭之助も泣いていたな。

大の大人が泣くほどいたぶる高師直、まじゲスいゲロー。

「若狭之助 vs 師直」と「判官 vs 師直」の両者のエピソードは対になっているのなぁ、と思った次第です。

 

さて。

前段、桃井館の場面ですっかり桃井党照れとなっていた私は、衝立の裏で全てを聞いていた本蔵がどんな気持ちでいたのだろう、ということが気になりました。

「うちの殿様が泣いて悔しがったのはこれかガーン」と、気分が悪くなっただろう。

お家断絶覚悟の我が殿様の暴走を必死の思いで未然に防いだのに、他所の殿様とはいえ、同じような泥沼に引きずり込まれそうになっている塩冶判官を、「どうか間違いを起こしませんように」と祈る気持ちで見ていただろうなぁ。娘の許嫁の殿様でもあるわけだし、よそ様ながら多少の思い入れはあるでしょうし。

だからさ。止めるでしょ、そりゃー彼なら。

我が殿様を必死でなだめて手を尽くし事を納めた人ですもの。

願わくば。

せっかく止めるなら、師直に切りつける前に止めて欲しかったなー。そしたら話が終わっちまうがな(*'-'*)エヘヘ。

 

うーん。だいぶ痛い妄想入った感じか(*゚ー゚)ゞ

後の段で本蔵さんが出てくる場面の内容を詳しく知らないから、もしかしたら凄く見当違いなこと思っているかもしれませんが。二段目から見た今の段階で、私にはそう見えてたのであります。

 

足利館 裏門の場

ここはもうシンプルに。おかる。

女は逞しい。これに尽きるな!