ナリくんに教えてほしいことがあります。
 
数年前のことです。
 
当時高校生だった娘が
 
男に襲われそうになりました。なんとか未遂に終わりましたが、後日捕まった犯人は、娘の中学のときの同級生でした。
 
と言っても、中学時代一度も話したことも、同じクラスになったこともない人で、たまたま数日前に帰宅する娘を見かけ、興味をもって犯行に及んだそうです。
 
 
前にも他に同じようなことをしていたようで、犯人は少年院へ行きました。
 
 
たぶん、大半の人は、これで一件落着だと思うでしょう。でも、私たち家族は犯人が今でも許せません。
 
犯人は未熟だったから
仕方ない。
 
 
犯人は親ガチャ失敗していたのかも。
 
そんな風にはとても考えないのです。
私の大事な娘を傷つけた奴が今でも憎いです。
 
これってどう考えたらいいのでしょうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
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憎んで憎んで憎みきっていいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨日観た2本の映画が、たまたま。
 
 
 
 
 
1本目 
 
母親が人を殺して服役してしまい。残された3人の家族(16長男14次男12長女)が、周りの人から嫌がらせれながらも懸命に生きる
 
 
2本目
 
子供の頃(13歳くらい)に、レイプされて60年後にその相手に復讐する。
 
 
 
というテーマで。
 
 
 
あなたの相談聞いたら、両方含まれてて、びっくりした。
 
 
 
 
 
 
 
 
とことんとことん恨んでいいよ。
恨みきって
恨みきって
呪っていい。
 
 
 
 
 
 
 
 
何度も言うが、僕は、人間がみんな幸せになれるとは結構真面目に思ってない。
 
昔は、世の中の人がみんな幸せになるにはどうしたらいいのか?
 
ってすげーーー考えたけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
悲しいかな、やっぱり無理だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ナリも犯罪が好きで(誤解を招く言い方)で、、犯罪についてはよく考えるのですが。
 
性犯罪は、イメージ的には、アルコールやドラッグ「依存症」に近い。
 
日本だとドラックをやってる人は「悪いやつ」「犯罪者」一択だと思うが、
 
海外では「ドラック中毒者 = 病気 =治療」という考え方が広まっている。
 
そして、性犯罪はとても再犯率が高い。
 
だから、許そうとは思わず。
 
だからこそ、「なくそう」なんだよな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
むしろ、絶対的に許さなくていいとすら思う。
 
性犯罪というものを憎んでいいと思う。いや、憎むべきだとすら思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
ただ、切り離すべきは。
 
 
 
 
 
 
「性犯罪・性犯罪加害者 」= 憎い、許さない。
 
はよくても。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「性犯罪被害者」= かわいそう、弱い、守らなきゃ。
 
に周りの人がなりすぎると。
 
 
 
 
 
 
 
 
家族やその周りの人が、
2次被害に苦しむのではないかと思います。
 
(性犯罪被害者本人の心理的なトラウマに関しては今回は、触れません。周りの人の話です)
 
 
 
 
 
 
 
 
性犯罪は憎いので、この世界から消えてほしいし、
性犯罪者は憎いのでさっさと、二度としない人間になってほしい。
 
(死んでほしいと願ってもいい)
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、性犯罪加害者を生んだ環境、親、社会、を恨んでもいいと思います。
 
恨むべきとすら思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
恨んで恨んで恨んで、恨みきっていいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
ただ、
 
その恨みと、被害者への「かわいそう」という気持ちは切り離してほしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
私の子供は、性被害にあったら将来、男性恐怖症になるかもしれない、、あぁ、かわいそうだ。。
 
トラウマに苦しむかもしれない、、あぁ、、かわいそうだ。、
 
性犯罪に合ってない人もいるのに、うちの子だけ、、ああ、、かわいそうだ。。
 
周りの人が、被害者に対してそう思って、その上過剰に、手助けしようとすると。
 
 
 
 
 
 
 
 
本人自身も、自分という存在を見失うだろうし。
 
周りの人も、終わらない救いに、自分自身がやつれて行くと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
性犯罪や性犯罪加害者を憎み恨むことはとことんしてもいいと思う。
 
 
 
 
 
が、
 
 
 
 
 
それと同じぐらい、被害者(娘さん)を信じてほしいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
弱いからやられたわけではなく、たまたまやられただけ。
 
弱い存在なんかじゃないということ。
 
 
 
 
 
 
 
被害にあった方は、
 
「自分に落ち度があったから」
「自分に問題があったから」
「自分は汚れてしまった」
「自分が悪い」
 
etc..
 
と、自責になることがある。
 
 
 
 
 
 
大人になり、
 
そのまま社会に出ると、自分は「やられ易い人(自分は欠陥品=世界は敵)」が抜けず。
 
他者にに対して
 
・過剰に防衛的か。
・過剰に攻撃的に。
 
なる。
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、「恨む・許さない」というのは、ものすごくエネルギーを使いますから、超、疲れます。
 
 
 
 
 
 
 
母親を許してない人が生き辛いのは、自尊心が低いのもそうですが、
 
「許さない」というのが日々エネルギーを使いまくるので、ヘトヘトになるのです。
 
ヘトヘトの身体で生活しなきゃいけないので、母親を許せない人は、生き辛いのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
それは、母親以外の人を許せない人にも適応されます。
 
「犯罪加害者を許さない」のも同じです。ヘトヘトになります。
 
 
 
 
 
 
けど、僕はヘトヘトになってもいいから、許さなくてもいいと思う。ただ、ヘトヘトにはなります。
 
ヘトヘトの身体で毎日を楽しむのは大変です。
 
 
 
 
僕、昨日夜更かししてしまって(NBA観てた)今日朝から用事あったので、寝不足です。
 
寝不足のときって、あたま回らないじゃないですか?
 
ヘトヘトってそれと同じです。ヘトヘトはよくない。笑。
 
(NBAはプレイオフが始まってしまってもう、、困った)
 
 
 
 
 
 
だから、、
 
毎日だらだらと「許さない」と思うのではなく、たまに1日2日と時間をとって、
 
 
 
 
 
そこで
 
がっつり許さない!
 
をして。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
毎日は、それを忘れたらいいのよ。
 
ジムで筋トレするのに似てるな笑い泣き
 
 
 
 
毎日ダンベル持ってたら、
生活できないけど。
 
 
 
 
 
 
たまにダンベル持って鍛える。
 
そんな感じ。
 
 
 
 
 
 
・性犯罪者は許さなくていい
・性犯罪をなくそうと思う
・ただ毎日許さないとヘトヘトになる
・たまに「許さない日」を作る
・その日にガッツリ許さない。
・ヘトヘトしなくなる。
 
・性犯罪被害者を可哀想と思わない
・共感はするべきだが
・同情と心配はしない
・立ち直ると信頼する。
・引きづらないと信頼する
・人生楽しめると信頼する
 
 
 
性犯罪は
なくなってほしいし
恨むべきものだと思う。
 
ただ、
恨んでる本人が
ヘトヘトになってしまうので、
恨み方を
意識しましょう。