そばに近寄って見上げてみた 明洞聖堂。
天に向かって高くそびえ立つような聖堂。
以前、韓国知人に連れられてきたときは、こんなにちゃんと見てなかったと思う。
フランスの影響を色濃く受けている聖堂らしく、なんとなく欧風の香りがしなくもない。
ここを見ると、やっぱり韓国の聖堂だなぁと思う。
扉に韓服の男性信者の絵があるけど、聖堂と韓服、やや異様な組み合わせにも思える。
ふと横をみたら、ぞくぞくと聖堂の中へ入っていく人の姿。
私も一緒に入ってみることにした。
わ~。。。
しばし息を呑む。
突き抜けた天井、奥へ奥へと広がっていくような、想像以上の規模。
こんなんだったっけ?と過去の記憶をたどるも、あれから何年も経て自分も年を重ねて、
感じ方も見方も大分変わってしまったのかもしれない。
むしろこの空間が、新鮮にも思えた。
ふと頭上を見上げてみると、何かある。。。
とても立派なパイプオルガンだった。
再び前方をみると、祈りを捧げる人々の姿。
とても静かだった。
前方へきたら、こんなに人がいたんだなと初めて気づいたくらい。
皆が目を閉じて、思い思いの祈りを捧げている。
韓国内にも色々な聖堂や教会があるとは思うけど、
ここはやはり総本山的な聖堂である所以か、とても静粛で厳かな雰囲気が漂っている。
しばし聖堂内を細かに見物しつつ、私もお祈りすることにして席に着いた。
すると奇跡のような日差しが。。。
祈りの人々の頭上を照らすような光が降り注ぐ。
光がひとりひとりめがけて、まるでその祈りに応えるかのように差し込んでいるかのようで。
この光景をみて何故か、
ああ、神様はちゃんといるのだなぁ。。。と思った自分がいた。
ここでしばらく私も祈っていた。
色んなこと。
これまでのこと。これからのこと。
そして、沖縄のユタの友人が教えてくれた祈り。
世界中の人々が、しあわせになりますように。
私の周りの人々が、しあわせになりますように。
家族や友人、大切な人たちが、しあわせになりますように。
最後に、
私がしあわせになりますように。
それからは無の状態にして瞑想。
どれくらいの間、祈っていただろうか。
ここが韓国ソウルであることも忘れて、ひたすらに。
聖堂の雰囲気のせいか、とても気をしずめて集中することもできて、
色んなことを冷静に振り返ることができたし、整理できたのかもしれない。
だいぶ気持ちが落ち着いた。
人々が、聖堂へ訪れる理由がわかるような気がする。
席の前にあった聖書をもって、「今の私に必要なメッセージをください!」と唱えて一発で開いてみた。
あー
聖フランチェスコの「平和の祈り」だった。
マザーテレサもこよなく愛した祈りといわれている。
あえて訳しませんが、結構こころに突き刺さりました。。。
聖堂を出て、日差しの下でV撮影。
心なしか清々しい気分。
気持ちを入れ変えていこう。
憎しみも痛みも悲しみも、
愛に変えられる強さを身につけたい。
たまには、こんなソウル紀行もいいかもしれません。。。


















