鳴かぬ螢が身を焦がす
Amebaでブログを始めよう!

堕 ~コーヒー~

笛吹さんは仕事をよく把握していない私でも解るくらい


仕事の出来る人でした。



動きに無駄がなく、


体が自然と効率よく動いているのです。


しかしこのバイトを始めたのは4ヶ月前。


1年以上やっている他のバイトの人と比べても引けを取りません。


何となくですが、頭のいい人なんだろうと思いました。




私はなんだかんだ言って、


彼が気になっていつの間にか目で追っていました。


だから気付いたのです。




だから、彼の優しさに気付いたとも言えます。





笛吹さんは仕事が早く、


オーダーをあげるのが通常より速い人です。


ホールの人をあおるくらいです。


人への配慮がやや欠けているようにも見受けられます。


坦々と自分の仕事をこなす、機械の様な人で、


一気にいくつものテーブルのオーダーをあげることなんかもざらでした。





私はそれが嫌でした。





私はいまだオーダーの持って行き方を教えてもらえず、


下げ物


新規の対応


の二つしか出来なかったのです。


だからフリーなのが私しかいない状況でオーダーが上がっても


持っていけないのでした。


他のホールが帰ってきて持っていくまで


いたたまれなくなるのです。




そんなことが何回かあって。


ある日のこと。




ある時コーヒーが沸き、笛吹さんは火からおろしました。


フリーでいるのは私だけ。


どうしよう、オーダーがあがってしまう。


嫌だ


・・・と思っていたら。




笛吹さんはコーヒーをあげず、他の仕事にうつってしまいました。


何でだろう。


オーダー出してからでも出来るのに。


そして他のホールが帰ってきてからコーヒーをあげたのでした。






そんなことがその日のうちにも何回もあり。


やっと私は悟ったのです。





私が持っていけないから、オーダーあげないでいてくれるんだ、と。


私が困っているのを笛吹さんは気付いていて


だから自分で調節できる限り、


配慮をしてくれていたのです。




堕ちました。




優しい一面を見て、


そんな笛吹さんに気付けて


嬉しかったのです。





誰にも言えなかった


身を焦がす恋の始まりでした。

避 ~ホール~

12月半ばになっても、私は使えないままでした。


というのも、本来新人指導の一切をしている店長が入院していたのです。

(初期ガンが発見されたらしく、しばらく検査入院させられていました。

 だから人手不足になっていたようです)


いまだに下げ物しか出来ず、


使えない自分が情けなく申し訳なく。


早く色々な仕事を覚えたくても教えてくれる人もなく。



このバイト辞めようか。


早々にそう思いはじめていました。




私は初日以来、一時間休憩に入らないよう5時からの出勤に変えました。

(1時からの出勤だと22時の閉店時間まで勤務時間8時間+休憩時間1時間になるのです)


それというのも、休憩時間で男性と一緒になりたくなかったからでした。





【その後の休憩室】


気まずい。


沈黙が痛い。


目の前の男性は黙々とピラフを食してます。


ここは、新人で下っ端である私が気遣いせねばいけないのか?




斎:「あ、あの・・・」



私が声をかけると、彼は食事の手を止めて私を見ました。


・・・整った顔です。


目は細め。


鼻は高め。


唇は厚め。


肌は浅黒い。


半袖の制服のぞく腕は程良く筋肉がついていて・・・


ここまで格好良い人だったとは。

(休憩入ってから、まともに顔を見ていなかったから気付かなかったのでした)


何というか・・・平安貴族のような人です。


そう思ったのは顔のせいでもありますが、


そこはかとなく育ちの良さ、品格が感じられ、


自分とは一線引かれたところに居る人の様に思えたのです。



あと、何となく違和感のある人でした。



斎:「今日からホールに入った、斎です。

   慌ただしくて、きちんと挨拶できなくて

   本当に済みませんでした。」



彼は自分の名札を私に見せて、


私にいたずらっ子の様な笑顔で言いました。



彼:「これ、読めますか?」



これ?


というのは、名字のこと・・・?


確かにあまり見かける名字ではありませんが、


珍しい訳でもなく・・・。



斎:「『笛吹』さんですよね?」



笛吹:「すぐ読めましたか?すごいですね。

    そうです、『ウスイ』です。    

    調理場です。よろしくお願いします。」





この会話から、その後世間話に発展


・・・・・すれば良かったのですが、


お互いかなりの人見知りらしく


会話は弾まないまま休憩を終えたのでした。







というわけで、


苦手男性


かつ慣れない人


2人きりになるかもしれない休憩が嫌で勤務時間を短くしたのでした。


・・・自分に甘いです。






その休憩で一緒になって以来、


笛吹さんと話すこともなく、


むしろ調理場の人よりもホールの人と親しくなろうと、


かなり人見知りが激しいのに果敢に話しかけ、


親交を深めていました。




それだけでなく、


何となく笛吹さんを意識してしまって、避けていたのです。


この喫茶店はカウンターを隔ててすぐに調理場があり、


コーヒーやらパフェやら作るがホールからでも見えます。


故に笛吹さんと話そうと思えば出来るのですが・・・




何となく、目を合わせたくない。


出来るだけ、視界に入れたくない。




そう思い笛吹さんを避けていました。


その理由は、今ならわかります。


理屈ではない、感覚でしか表現出来ないことですが、


笛吹さんは自分に似ている、


自分に近い人間だと、警戒していたのです。

逢 ~休憩室~

12月始め。

私はバイトを始めました。

喫茶店のホールの仕事。接客は前のバイトでもしていましたし、やっていける自信がありました。




しかし・・・



バイト先の喫茶店は、年末から年始にかけてかなり混むとの話で。

案の定、初日からメチャ込み。

入りたての私の指導をしてくれる人は無く、

(人手不足で私に構ってる暇さえないようで)

かといって一人で出来る仕事は限られているし、

(初日だから当然ですが)

ものすごく居づらいし、居た堪れないし、これから頑張ろうとしていたのに、出鼻をくじかれてしまいました。




そんなこんなでへこみながら数時間。

休憩に入るよう指示され、調理場にまかないを頼んでから裏の階段から休憩室に向かいました。

休憩室はかなり狭く、机一つと向かい合った椅子二つでいっぱいになってしまう程です。

まかないが出来るのを座って待っていました。



数分後。



「お邪魔します」


かなり低めの男性の声がしてビクッとしました。

まかないで頼んだピザトーストを持って休憩室に入ってきたのは調理場のバイトの男性でした。

きちんと紹介も挨拶もしていなかったので、ホールの人の名前はおろか、調理場の人は顔さえ把握していませんでした。

調理場から入ってきたから料理場の人だろうと、そんな感じで判断したのでした。

男性はまかないを置いたら戻るのかと思ったら、自分も分のまかないを持ってくると向かい側の椅子に座りました。

そしてさっさと食事を始めました。







(どうしよう)





私と同じ休憩のようです。

一時間彼と二人きりで過ごさなければならないのです。

私は男性が苦手です。

特に年上。

(10才以上離れているおじさんは平気ですが)

さて困った。





緊張の一時間の始まり。


そして、


彼との出逢いでした。