長崎市に住む高校3年生の孫が高校生活最後の夏の甲子園出場をかけた高校野球大会に出場するということで、鹿児島から長崎に応援に出かけた

 

 

昨年は5月直腸がん摘出の手術を終え、退院後の妻と2人で応援に行ったが、今年は娘(二女)が女の赤ちゃんを出産し、

 

 

自宅で産後の療養と赤ちゃん、2歳の孫の世話をしなければならないということで、1人での応援旅である

 

 

当日、鹿児島中央駅から新幹線で新鳥栖駅まで行き、JR在来線に乗り換えて佐世保駅で下車

 

 

娘(長女)が迎えに来ており、そのまま試合が行われる佐世保野球場まで直行した

 

 

今回、試合に出場する孫は娘の里帰り出産で鹿児島で産まれ、産後の肥立ちまで1ヶ月程自宅で療養した後、長崎に帰りそこで育った

 

 

その後、幼稚園、小・中・高校と成長過程に応じて、盆や正月、春・夏・冬休み等、母親の里帰りに併せて、たびたび同行し鹿児島に帰ってきていた

 

 

そのたび4歳上の兄ちゃんと一緒に3人で近所の公園でキャッチボールをして遊んだものである

 

 

前に後ろに、右に左に、上に下に、手の届くか届かない際どいところにボールを投げ、走り回って遊ばせた

 

 

投げる格好も毎年上手になってきて、球のスピードも速く正確になり、孫たちは長崎からグローブとバット持参で帰ってきて、私と遊ぶことを楽しみ、私も楽しませてもらった

 

 

兄ちゃんが小学校4年生で少年野球クラブに入団した時は、孫もまだ小さかったが兄ちゃんを送迎する母親に同行し、兄ちゃんの後を追いかけまわして、球拾いなどをして遊んでいたという

 

 

その愛嬌ぶりはチームの皆からも愛されていたと聞いている

 

 

そして自らは小学校5年生時に少年野球クラブチームに入団

 

 

物心ついた時から野球に関しては、兄ちゃん譲りの知識と技術があり、早い時点でレギュラーになったようである

 

 

中学校でも野球部に所属、3年生時には主将まで務め、県大会では各種大会で優秀な成績を収めたと聞いている

 

 

高校でも野球部に所属、高校はいわゆる進学を目標とする公立高校で、従来そんなに強いチームではなかったようである

 

 

その中にあって孫は高校1年生時の夏の大会は補欠ではあったが、途中出場でデビューを飾ることが出来た

 

 

2年生時はレギュラーの座を確保し、2番捕手で出場、緊迫した場面でタイムリーヒットを打ち、応援席にいた私たち老夫婦や娘を狂喜乱舞させたものである

 

 

夏の大会は1・2年生時は善戦健闘むなしく1回戦敗退であった

 

 

そして今年

 

 

3年生で主将という立場で新聞やテレビ等で取材を受けたようである

 

 

その発言や表情がそのたび娘からコピー記事やビデオ動画としてラインで送られてきたが、孫の成長を喜んだものである

 

 

その昔出産直後、私が抱いて風呂に入れた孫である

 

 

気持ち良さそうにジッと目を閉じ、私の胸に身体をゆだねていた孫である

 

 

一緒に食事をしていて行儀が悪い時、私が軽く頭をポンと叩くと苦笑いをして姿勢を正していた孫である

 

 

鹿児島に帰ってきた時、私の胸に飛び込んできて「高い高い」をすると喜んでいた孫である

 

 

鹿児島から長崎に帰る時はべそをかいていた孫である

 

 

昨年野球部の主将という大役を仰せつかった時、孫に

 

 

「進学校でもあり、過去の実績から優勝は無理でも、目標が1回戦突破位では、その程度の実力しか発揮できない

 

 

全体のモチベーションをあげるためにも、少しでも高い目標、せめて3回戦突破位の意気込みと目標を持ってチーム一丸取り組めば結果はついてくる

 

 

それを束ねるのが主将としての役割と立場、そのためにはチームリーダーとして苦労も多いが、これらの経験は将来社会人になった時絶対役に立つ」

 

 

というような言葉をかけたっと思う

 

 

そして今年の大会は孫がまさに「3回戦進出」とい目標を立てて臨んだのである

 

 

 

夏の暑い陽射しがガンガンと照りつけるバックネット席の最前列で試合を見守る中、

 

 

1回戦は1回裏、相手チームに1点を先取されたが、6回表一挙3点をあげて逆転、そのまま3対1で勝利した

 

 

2回戦は5対0で勝利、この試合では孫がレフトオーバーのタイムリーヒットで2塁打を打ち貴重な追加点をあげた

 

 

私の目の前で2回戦突破という大きなプレゼントをくれた

 

 

 
 

 
 

 
 

 



 

そして3回戦は優勝候補№1チームと対戦

 

 

息を吞む白熱した好試合となったが、味方チームの打棒が振るわず0対1で口惜しい敗戦となった

 

 

1回戦と2回戦は現地で直接応援できたが、3回戦は鹿児島に帰り、ケーブルテレビの「バーチャル高校野球」で生中継を観戦

 

 

強豪チーム相手に粘りに粘ったが応援むなしく涙の惜敗となったのである

 

 

試合終了と共に肩の力が抜け、魂もどこかフッと抜けた感じである

 

 

娘の話によると試合終了後、チーム全員泣き崩れていたと聞いたがよく頑張った

 

 

この涙はこれまでの野球に取り組んできた総決算、汗と涙の結晶としていつまでも美しい涙として記憶に残ることだろう

 

 

鹿児島のジーさんやバーさん、叔父さんや叔母さんもテレビの前で一生懸命応援してきたが、

去年8月亡くなった長崎のジーさんも天国から応援して見守り喜んでいると思うよ

 

 

孫よ素晴らしい夏の思い出を有難う!

 

 

しばらくはゆっくりした後、次なる夢と目的に向かって頑張ってください

 

 

これからも元気でいる限り、いつまでも鹿児島の空の下から応援しているよ!