「法定準備制度は、銀行の信用創造規模=マネーサプライを制約しない」という話 | 批判的頭脳

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私は「これまでの貨幣論まとめ」などにまとめた各コラムを通じて、一貫して、法定準備率と準備預金残高から計算されるような貨幣乗数メカニズムは現実には存在しないということを指摘してきた。

それに対して、「法定準備率と準備預金から天下り式にマネーサプライが決定するわけではないが、法定準備と準備預金がマネーサプライの上限値になる」、したがって、「法定準備制度は、信用創造を”制約”することはできる」という議論がある。

実はこの議論も、明確に誤りなのである。なぜ誤りなのかを説明していこう。

(先立って、参考にしたビル・ミッチェルの記事 『ビル・ミッチェル「銀行融資は―準備預金ではなく―自己資本によって制約されている」(2010年4月5日)』を提示しておく)

前提として、現実の中央銀行は、銀行間取引等において発生する準備預金需要に対し、目標金利=政策金利を定めつつ、公開市場操作を行っている。

銀行全体で準備預金需要が高まれば、銀行間の準備預金融通金利=コールレート、短期金利には上昇圧力がかかる。そうなれば、中央銀行は随時準備預金の追加を行う。逆に需要が弱まる場合は、準備預金を(主に政府債券売却で)回収することで金利が下がり過ぎるのを抑制する。


ここでは、準備預金の需要というのは、基本的に不安定であるということに注意してほしい。

準備預金は、銀行間決済に際して需要されるわけであるが、仮に全体の銀行預金の総額や、商業手形の規模が一定であるとしても、銀行間で振り替えられる銀行預金の規模(正確には、振替の”不均衡”の規模)、銀行間でやり取りされる手形の規模(正確には、手形交換の”不均衡”=交換尻の規模)は経時的に変動するのであり、それはつまり、準備預金の需要が経時的に変動するということを意味している。


したがって、「中央銀行がある一定の期間で準備預金の総額を固定する」といったことは通常行うべきではないし、仮にそれを志したなら、準備預金需要の経時的変動に従って短期金利は乱高下してしまい、各主体の(銀行システムを介した)決済は混乱を余儀なくされることになる。


実は、これに近いことを行ったのが、かつてのポール・ボルカ―FRBであった。

ボルカ―は、ありもしない貨幣乗数メカニズムと、これまたありもしないマネタリズムに基づいて、「インフレを抑制するために、マネタリーベースの量をコントロールすればよい」という謬見に執着し、マネタリーターゲット政策という失策に踏み切ってしまった。

結果、短期金利は急上昇し、金融恐慌が巻き起こった。経済は不況に陥った。

はっきり言えば、マネタリーベース量を固定ないし誘導する政策とは、市中の準備預金需要に対応した金融調節を行う(アコモデートする)という職務を放棄し、中央銀行によって人為的に金融危機を引き起こす政策に他ならないのである。


「マネタリーベースから貨幣乗数を介して天下り式にマネーサプライが決定するはずである」とか、あるいは「ある規模のマネーサプライを実現可能なマネタリーベース量が一定値に定まるはずである」といった通俗的な誤解は、ボルカ―FRBのような政策的大失敗の引き金になりかねない。


話を戻そう。このように、銀行の信用創造規模、市中の金融規模に対して必要な準備預金というのは経時的に変化するものであり、そこで中央銀行は、市中の準備預金の機会コスト=短期金利に誘導目標を定めて、受動的に準備預金の供給or回収を随時行っているわけである。


ここで法定準備制度というものを導入した場合は、法定準備以外の準備預金需要に加えて、余計な準備預金需要がプラスアルファされるというだけに過ぎない。

もちろん、準備預金需要の増加それ自体は、短期金利の上昇圧力となり、それはすなわち銀行の信用創造コストへの上昇圧力にもなるが、既に論じたように、中央銀行は、短期金利が一定になるように準備預金の供給量を調節しているわけで、仮に法定準備率を引き上げても、短期金利目標が一定なのであれば、中央銀行は(増加する準備預金需要に応じて)単に準備預金を追加供給するだけとなる。

短期金利が変動しないのであれば、銀行の信用創造コストも変化しないので、法定準備率の引き上げそれ自体が信用創造を抑制する、といったことは起こらない。

もちろん、法定準備の増加に対して中央銀行が対応して準備預金の追加供給を行わないなら、短期金利が上昇し、信用創造は抑制されるかもしれないが、それは実質的な利上げ政策のために発生する事象なのであり、中央銀行が一定の政策金利誘導を行うと前提する場合は、法定準備は何ら信用創造の制約にはならないのである。




中央銀行システムに対する正確な理解がなければ、準備預金や法定準備制度の『実態』を大いに誤解してしまうおそれがある。

ビル・ミッチェルの翻訳記事は、金融政策や金融システムに関する誤解を避け、精確な理解を得るのに必ず役立つはずなので、関心あればぜひ目を通すことを薦めたい。



(以上)