幸せになりそうになると、なぜか自分でそれを壊してしまう。
褒められても素直に受け取れない。ちょっとしたミスで自分を激しく責める。
疲れているのに休めない。人に優しくされると、かえって居心地が悪くなる——
こういった体験をしている人は、実は非常に多い。
これらには共通した正体がある。
無意識のうちに、自分が自分を虐待しているということだ。
「自分への虐待」とは何か
虐待というと、誰かから暴力を受けることを想像するかもしれない。
でも、自分が自分に対してしていることも、まったく同じ構造を持っている。
失敗するたびに「なんでこんなこともできないんだ」と罵る。
疲れているのに「もっとやれるはずだ」と追い立てる。
うまくいったことがあっても「自分にはそんな価値はない」と打ち消す。
休もうとすると「さぼっている」と責める——
これらはすべて、自分が自分にしている虐待だ。
外から誰かにそういう扱いを受けたとしたら、はっきり「虐待だ」とわかるはずのことを、
自分に対してはずっとやり続けてきた、という人は少なくない。
しかも無意識のうちに。
自分への虐待が、外側の現実を作る
内側で自分を攻撃し続けていると、その状況が外側の現実として現れてくる。
自分に圧をかけている人は、圧の強い人を引き寄せる。
自分を軽く扱っている人は、軽く扱う人に囲まれる。
自分を否定し続けている人は、否定される出来事が繰り返される。
これは「引き寄せの法則」という話より、もっとシンプルな話だ。
自分が自分にしていることが、外側の人間関係や出来事に反映される、という自然な仕組みだ。
逆に、自分を大切に扱うようになると、外側も変わり始める。
無理なダイエットをやめて自分の体を労わるようにしたら、人間関係が良くなり、稼ぎもスムーズになった——
こういった体験をする人がいるのも、この仕組みによるものだ。
幸せを「破壊」してしまうのはなぜか
幸せになりそうになると、自分でそれを壊してしまう。このパターンを持つ人も多い。
その根っこにあるのは
「自分は幸せになってはいけない」
「こんな自分に、いいことが続くはずがない」
という無意識の信念だ。
罪人扱いをしている自分には、良いことを受け取る権利がないと感じている。
だから、幸せが訪れると不安になり、ソワソワし、ときに自らそれを手放してしまう。
人から褒められても素直に受け取れないのも、同じ理由だ。
「本当にそう思っているのか」「お世辞ではないか」と疑ってしまう。
それは相手への不信ではなく、自分への不信だ。
気づくだけでいい
自分への虐待をやめるために、特別なことをする必要はない。
「あ、また自分を責めている」「また自分を追い立てている」と、
ただ気づくだけでいい。
そしてその自分に「そうか、そんなに苦しかったんだね」と、
ひとこと声をかけてあげる。
感情が湧いてきたとき、打ち消さずに「悔しいんだな」「悲しいんだな」とただ受け取る。
それが、自分を虐待することをやめる、最もシンプルな第一歩だ。
気づいて、受け取って、またそのまま続ける。
その繰り返しの中で、少しずつ「自分は存在していていい」という感覚が育っていく。
「自分への虐待」に気づいた瞬間が、幸せへの近道の入り口だ。
責める必要はない。
ただ、「そうしてきたんだな」と知るだけで、何かが動き始める。
