『日本人拘束事件・現地対策本部長の任務を終えて。国際ルールや現地事情への理解が不足した報道と現実にはギャップも。』

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42887

※番組開始から180回目を迎えた今回の『中山泰秀のやすトラダムス』(2月8日放送/Kiss FM KOBEで毎週日曜24:00-25:00放送)では、4週間ぶりにナビゲーターを務めた中山泰秀氏が日本人拘束事件などについてお話ししました。

「従来のテロリストグループとは全く異なるISIL」

中東で起きた日本人拘束事件で、私は外務副大臣としてヨルダンの首都アンマンに設置された日本大使館の現地対策本部長を仰せつかり、17日間任務にあたりました。

 残念ながら後藤健二さん、湯川遥菜さんのお2人を生還させることができず、力不足を悔むとともに申し訳ない気持ちでいっぱいです。お2人に哀悼の誠を捧げ、心からご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

 また、今回のような事件が二度と起こらないための対策を講じる必要性を改めて強く感じています。そのためにはまず、いわゆるイスラム国(ISIL)がどのようなテロリスト集団なのかを理解することが大切ではないでしょうか。

 過去にも多くのテロリストや過激派集団が存在し、数々の凶悪事件が発生しましたが、ISILは今までのどのテログループとも似ていません。

 例えば昨年12月24日、空爆作戦中に墜落して拘束されたヨルダン軍パイロットのモアズ・カサスベ中尉を1月3日に焼殺したとする映像を、ISILはまるで映画のように仕立てて2月3日にネット上に公開しました。

 さらに映像のエンドロール部分には、空爆作戦に参加した他のヨルダン人パイロットの顔写真や自宅住所などを掲載し、懸賞金まで付けて殺害を呼びかけました。ISILはカサスベ中尉の殺害から映像公開までの1カ月間、映像を作り込んで周到にその準備をしていたことになります。

 昔から誘拐や脅迫などの犯罪手口は数多くありましたが、彼らはそれに加えてITやデジタル技術を高次元で融合させ、プロフェッショナルな映像技術等を駆使して世界中に自らの主張を発信して脅威を与えている。言うならば、“デジタルとアナログを組み合わせた犯罪”を行っているのがISILの最大の特徴だと言えます。

「世代を超えたテロの連鎖を断ち切れるか」

 日本政府は、イスラム国を名乗る過激派組織を「ISIL」もしくは「いわゆるイスラム国」と呼称しています。アラビア語では「ダーイッシュ」とも呼ばれますが、彼らがやっていることはイスラム教の教義とはまったく相容れません。

そもそもイスラム教は平和を愛する宗教であり、殺人を肯定していません。日本を含め世界各国に信奉者がたくさんいますし、今回の事件でも日本国内のモスク(礼拝堂)には日本人2人の無事を願い、祈りを捧げるイスラム教徒たちの姿が見られました。

 ISILはイスラム教を標榜してはいますが、彼らは宗教の名を借りて犯罪行為を行っている集団に過ぎません。

 聞くところによると、ISILは8~15歳くらいの幼い少年兵を募集し、爆弾の作り方や戦闘員としての心得を指導するほか、自爆テロの方法などを教育するそうです。実際に、ロシア人のスパイを少年兵が射殺する映像が動画投稿サイトに掲載されたという話も聞きます。

 成長途中にある子どもの柔らかい脳に、彼らの“教育”がどんな影響を及ぼすのか。アマラとカマラの名前で知られる「オオカミに育てられた少女」の話が有名ですが、オオカミに育てられた人間の子どもはオオカミのように野性的に成長します。人間がオオカミの子を育ててもオオカミにしかなりませんが、その逆は違うのです。

 この例からも分かるように、人間の子どもの脳は柔軟性に富んでおり、育つ環境が成長に大きな影響を及ぼします。少なくとも、子どもたちにジハード(聖戦)によって命を落とせば天国に行けるという死生観を植え付けることが、まともな教えだとは思えません。

 世代を超えてテロが育てられる、いわばテロを生む温床に出た芽を、世界中の国々が協力し合い、摘み取ることが今後の大きな課題になるでしょう。

 一部報道ではISILが弱体化したという情報もありますが、私はそう思いません。パリで起きたフランス紙襲撃事件に端を発したテロの連鎖が、これからも続く可能性はあります。

 日本も将来的に多くの大きなイベントを控えているなかで、国内はもちろん国際的にも治安対策を強化していくべきです。

「メディアの情報と現実との大きなギャップ」

 今回の事件を踏まえて、政府が取り組まなければならないのは情報分析だと私は考えています。備えあれば憂い無しと言いますが、まずは国民の安全と安心のために政府が情報をしっかりと収集できる体制を強化すること。そしてその上で、収集した情報を私たち自身が精査し、真偽を見極めることがとても大切です。

 今回の事件後、首相官邸前ではプラカードを掲げて安倍(晋三)首相を批判するデモが起こりました。また、安倍首相がエジプトのカイロで行った演説が、ISILを刺激したという意見もありました。

しかし、忘れてはならないのは、後藤さんや湯川さんの命を奪い、政治的混乱を招いた相手はISILであるということ。そして、我々は今回の事件に関する正しい情報を掴み、理解すべきだということです。

 例えば、イスラム教の国ヨルダンと、ユダヤ教の国イスラエルは宗教的に対立関係にあると思う方もいるかもしれません。

 しかし、ヨルダンにはイスラエル大使館があり、実際には両国間で安全や治安に関する情報がしっかりと共有されています。すなわち、単純に「ヨルダンとイスラエルは仲が悪い」と解釈するのは大きな間違いです。

 また、テレビ等で「なぜ政府はISILと直接交渉しなかったのか」という批判を見聞きしますが、これは先進7カ国財務相中央銀行総裁会議(G7)により指針が示された「テロ組織と直接交渉しない」「身代金は支払わない」という国際ルールに沿ったものであり、先進国間で共同歩調が取られているのです。

 そもそも、ISILが交渉可能な相手だったのかどうかを見極めることは困難です。ヨルダン政府はカサスベ中尉の生存証明を求めていましたが、ISIL側から反応はなく、結果的に1月3日時点でカサスベ中尉は殺害されていたことが明らかになった。これが事実ならば、彼らは最初からまともに交渉する気などなかったということになります。

 今回の一件では、実際に起きている現実とメディアの発する情報との間に少なからずギャップを感じるケースがありました。現場の様子が不透明な状況の中で、外側から安易に予測することは時に危険をもたらすことをご理解いただけたらと思います。



『中山泰秀のやすトラダムス』2月8日 24:00-25:00放送@キッスFM神戸89.9MHz

※Kiss FM KOBE "中山泰秀の「やすトラダムス」" は、radiko.jpでも聴取できます(関西地方のみ)。auの対応機種では、LISMO WAVEを利用すると、日本全国で聴取可能です。また、「ドコデモFM」のアプリでは、日本全国でスマートフォン(ドコモのAndroid搭載端末、auとsoftbankのiPhone)で聴取できます。