6時間目の数学。
相葉先生は相変わらず淡々と授業を進めている。
「ではこの問題を吹石さん。前に出て解いてください」
「はい」
連立方程式を解くように言われた吹石が教壇に登る。だけどその瞬間足を踏み外した吹石の体を相葉先生が咄嗟に支えた。
「大丈夫ですか?」
「はい、すみません」
……。
いや、普通だろ。
目の前で誰かが転びそうになったら手を差し出すのは当たり前のことだ。
むしろ助けない方がどうかしてるはずだ。
そうだろ。
なのになんでだろう。
苦しい。
なんでそれがオレじゃないんだろう。
なんで。
なんで??え?
なんでって思ってるんだ、オレ…。
クッソ!!
どうしたオレ。
なんでこんなに相葉先生の周りのことが気になるんだ。
タオルといい、今の吹石のことといい。
ダンッ!!!!
思いっきり机を叩いた。
叩いたからといってどうにかなるわけでもなければ、むしろ授業の妨げになってしまうのは百も承知だ。だけど叩かずにはいられなかったんだ。
なんでこんなにイライラモヤモヤしてるんだ。
「櫻井君?どうかしましたか?何か不満でも?」
「…いえ。なんでもないです。すみませんでした」
相葉先生の言葉にオレは静かにそう答えるしかなかった。
黒板の前で連立方程式を解いた吹石が席に戻る時に一瞬目があった。
『どうしたの』
『なんでもねぇ。邪魔してごめん』
長年の付き合いのある吹石とはアイコンタクトでそんな会話が成立し、オレの方を見ている北川や多部にもごめんなって視線を送った。
そしてその先にいる潤もこちらを見ていた。
でも潤は彼女たちとは違う目の色をしていた。
『どうしたよ。相談ならいつでも乗るぜ』
…頼りになるな、潤は。
だけど相談もなにも自分で自分が分かってねぇんだよ、オレは…
オレはなんだかイライラモヤモヤしたまま相葉先生の授業をただぼんやりと受けていた。