「もう少し時間をくれ」
そう言った雅紀は頭から布団を被って顔を覆った。
そうだろう。
まだ19歳。
夢にまで見ていた獣医学部入試を終えたその日に巻き込まれた事故。
そして突きつけられた現実は最悪の場合は車椅子生活を余儀なくされてしまうんだ。
現実を受け入れられなくて当然だ。
病室に入ってきたお母さんはそんな雅紀の姿を見て小さくため息をついた。
そしてオレとお父さんに目で合図をしてから病室を出た。
そしてお母さんは話し始めたんだ。
最悪の場合には雅紀は【障害者手帳】を手にすることになる。
自分の怪我と今後を受け入れるということはそれを手にすることをも受け入れることになる。
改めて言葉は悪いけど【健常者】だった雅紀が【障がい者】としての自分を受け入れるのには相当な覚悟が必要だと。
お父さんも処置やその後の説明でそういった事に何度も立ち会ってきたけど、どの御家族も辛い顔をしていたし、なにより患者さんは受け入れるのに時間がかかっていたと言った。
確かに獣医師として半身不随になった動物や飼い主さんたちに接してきたことはオレもあるけどそういう事に自分が直面するなんて思っていなかったし、覚悟は全然足りていないと思う。
オレのその言葉にお父さんは肩を叩いてくれた。
「そう思っていてくれるだけでもありがたいよ」
「そうよ。あの子のそばにいてくれてありがとう。でもね?この先あの子は足のハンデを背負っていく可能性が高いの。バリアフリーが進んだ世の中とはいえ、まだまだ心のバリアフリーは進んでいないというのが現実よ。そんな中あの子は世の中に飛び出していかないといけない。あの子を支えていくのには相当な覚悟が必要になるの。翔くんの負担にならないなんて言いきれない。あの子を貴方に背負わせるのは…」
「待ってください。まだ覚悟が足りないけど…それでもオレは雅紀の手を話す気は全くないです。信じられないかもしれないけど、オレたちは産まれる前から繋がってるんです。遠い遠い過去、オレはアイツと同じ歳に車椅子生活を強いられたんです。その時支えて寄り添って叱ってくれたのはアイツなんです。だから…だから…」
お母さんがオレに言いたいことは分かる。
オレに雅紀の人生を背負わせるのは負担がかかっていくことを気にしてくれているのは分かる。
そしてまだ覚悟が足りてないと言ってくれているのも分かる。
だけど。
オレは雅紀の手を絶対に離さない。
真っ直ぐにお父さんとお母さんの目を見つめると、そばにいた岡田さんがポンと背中を叩いてくれた。
「大丈夫です。櫻井は大丈夫です。いや、櫻井だから大丈夫なんだと俺は思いますよ」
岡田さんの言葉が嬉しく思うと同時に、お母さんがオレの手を握ってくれた。
「翔くん。あの子をお願いします…アナタにあの子を託したのは2度目ね。獣医学部受験を託した時と今日で2度目だわ」
「翔くん。約束通りにあの子を獣医師にしてやってくれ。俺たちも親として最大限のバックアップをするから。あの子の夢を叶えたい」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
3人でしっかり握手を交わした。
雅紀。
大丈夫だ。
オレがついてる。
お父さんやお母さんもいる。
お前は1人じゃない。
きっとお父さんもお母さんもオレもまだ現実を受け入れるには時間がかかる。
だけど、それでもオレたちはお前のそばから離れない。絶対に。