憲法改正を言う人々 | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

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 憲法を改正するには10年かかります。どう考えても今の世界情勢では追いついていきません。北朝鮮問題を考えると、10年も時間をかけていられません。この問題は「明日か明後日か」という問題ですから急務です。

 憲法を改正するという人は、「改める」と言うのですから、「現行憲法は正しい」ということが頭の中にあるのです。「それに足らないことを付け加える」という考えです。だから安倍さんが言うように、憲法第9条に3項に自衛隊を明記するという考えになるのです。こんなバカな考え方はありません。

憲法第9条2項では「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と書いてあります。自衛隊が3項で出てくる幕はありません。自衛隊は軍隊ですから武力です。それをどうして「保持する」と書けるのでしょうか? おかしいのです。9条に3項を加える話はあり得ません。

 このような人は「この憲法が正しい」という前提で考えているのです。安倍さんもそうです。「日本国憲法は正しいのだ。足らないところを付け加える」という考えが加憲です。こんな考えがあるわけがありません。

 どう考えてもこれを満足させる言葉は出てきません。安倍さんの頭の中もそうですが、「現行憲法は正しい。正しいと思っているけれども、足らないから改正する」という考えが出てくるのです。この考えを政治家がもっている限りダメです。

 この憲法はもともと無効です。憲法は主権の発露です。主権があってできるものです。主権のない国に憲法などできません。憲法の発令は昭和21年です。日本が戦争に負けたのは昭和20年です。1年間でつくりあげて、手続き上では「明治憲法を改定した」と言っているのです。

 「この憲法は明治憲法が引き続いている」と言っているのです。明治憲法の改正手続きに従ってつくったのです。だから、のれんが変わっただけだと言っているのです。明治憲法を廃棄して憲法をつくったのではありません。「明治憲法を引き続き改定したのが日本国憲法です」という前文があります。だから「同じものです」と言っているのです。

 ちょうど、大黒屋という屋号から、近江屋に変わったようなものです。屋号の変更はあり得るのです。「日本国憲法も屋号の変更です。名前は変わりましたが、明治憲法と同じものです」と言っているのです。それは誤魔化しです。

 この憲法は破棄するしかありません。改正する必要はありません。改正とは、「憲法が正しいからそれに加える」という意味です。全ての憲法が正しくないのですから、この憲法はいらないのです。

 昭和21年にマッカーサーにより押し付けられた憲法です。日本人はこの認識をしっかりともってもらいたいと思います。この憲法を守ると国が滅びるのです。そのようになっているのです。

 「日本人が動けないように両手両足を縛り付けて、二度と戦争ができないように」と決意している憲法です。そのために私たちは手を縛ります。足を縛ります。椅子に縛り付けられたままで国際社会に登場します。

 「ぶちたいならぶってください。けりたいならけってください。つばをひっかけたいならつばをひっかけてください。私たちは手も足もでません」そう言っているのです。その「憲法を守れ!」と言っている奴は、一体どのような奴でしょう。

 GHQが徹底的に日本を弱くするため、弱体化するためにつくった憲法です。GHQはこの憲法をつくったと同時に家族制度の破壊をしました。「家族は個人の集合体である。家と言う概念はない」と言ったのです。農地改革で小作人に土地をあげて大地主をなくしたのです。「戦前の歴史は全て間違っているから、戦前の歴史を教える必要はない」と言い、せっせと歴史教科書を黒く塗りつぶしたのです。

 歴史を教えないようにして、日本人の誇りを失わせて、家というが概念も壊して、みんな個人の集合体にしたのです。これが引き続いているのが、「夫婦別性」です。奥さんは田中、旦那は佐藤です。佐藤家などというものもありません。これは家族制度の崩壊です。これをやったのです。

 それと天皇の崩壊です。これはやろうとしましたができなかったのです。それから神社の崩壊です。靖国神社を始め、伊勢神宮、神社を破壊しようと思ったのですが、これもローマ法王の反対にあってできなかったのです。

「これだけやれば日本人はダメになるだろう。まだ足らない。憲法だよ!」ということで、GHQは憲法を作って日本に押し付けて、日本人の骨や身を削いで、日本人が立ち直れないように徹底的に植民地の奴隷になるようにしたのです。これが憲法です。法律論争ではありません。

 だから、この憲法は破らなければいけません。すると石原慎太郎は「憲法を破棄して、大日本帝国憲法に返るのだ」と言いました。そのようなことを言う人は大勢います。大日本帝国憲法に返るのではありません。

大日本帝国憲法とは、西洋の真似をした憲法です。この由緒ある日本が西洋の真似をして、プロイセン(ドイツ)の憲法を模範にして伊藤博文が憲法の条文をつくりあげたのです。西洋と同じものをつくろうとしたのです。

 こんなものに返っても意味がありません。その証拠に日本は終戦に追い込まれました。これは憲法を運用してきたからです。明治憲法がよいということはないのです。それが戦争を起こして、戦争を引きずって滅茶苦茶になったのです。明治憲法がよいというわけにはいきません。今の憲法を破棄して「明治憲法に返れ」という考えはダメなのです。

では、どこに返れというのでしょう。そこで僕は「慣習法に返れ」と言っているのです。この考えはまったく新しいのです。

 我が国に憲法はいりません。2800年続いた世界最古の国家です。おのずから決まりがあるのであって、やっていいこと、悪いことはすべてわかっています。そこに変えればよいのです。このようなことは歴史ある国家でないと言えません。

 わずか70年そこそこの国家には歴史などありません。「我が国は歴史あるから憲法はいらない」と言えるのは、我が国とイギリスくらいです。他の国はそんなことは言えません。我が国はイギリスよりはるかに古いのですから、2800年間生き延びてきた理由と、分別と判断があったのですから、慣習法に返ればよいということです。それが基準になるのです。明治憲法に返るのではありません。すごい考え方でしょう。ここが新しい視点です。

 明治憲法は西洋の真似です。結果的には日本は西洋人に袋たたきにされたのです。所詮、真似は真似です。もっと民族独自のもの、伝統に基づくものでなければいけません。それは成文法でなくてもよいのです。

 慣習法を憲法として我が国はやっていけばよいのです。だから「必要なことは、何でもやります!」と言えばよいのです。それを縛り上げる条文はありません。何でもやればよいのです。

 それにしても今の憲法は、自分で手も縛り足も縛り歩くこともできません。殴ることもできません。椅子にしばりつけられて「さあ、殴る方はどうぞ。絶対に手だししません」という憲法を持っている国がどこにあるのでしょう。

 「はい、右の頬をぶってください。左もぶってください」これでは、マゾ憲法です。憲法を破棄するならば閣議決定ですぐに実現できます。「憲法廃棄!」と言えばよいのです。それを急いでやらないとこの国は大変なことになります。

 憲法破棄をやりましょう! 政治で一番大事なことはこれです。何も難しくありません。一夜にして変われます。日本の水爆も一夜にして、300~400発できるらしいのです。One Night(ワンナイト)です。憲法もOne Nightで変わってしまいます。

 軍事が必要であるならば、軍事国家になるであろうし、必要に応じて何に出もなれるのです。自分で自分を縛ることはありません。「これはやりません。あれもやりません」そんな馬鹿な憲法はもう入りません。

 安倍さんがこれをできれば大物です。それしか日本を救う道はありません。北朝鮮に怯えながら10年間もくだらないことで待っているのでしょうか? そんなことはダメです。安倍さん、是非これをやってください。一夜にして達成です。

 

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