1)無塩無糖24年                           

高血圧や糖尿病はなかったが51歳から健康の為に夫婦で「減塩」を始めた。「減塩」を続けていたところ舌が薄味に慣れいつの間にか「無塩」となり、しばらくすると砂糖もきつくなり「無塩無糖」となった。食塩・砂糖の入っている調味料や加工食品を控える「無塩無糖」の食事を摂るようになり24年経過した。

 

2)7年前:荒川規矩男先生との出会い

今から7年前、無塩無糖を始めて17年経過した中尾にとって高血圧診療を見直す衝撃の出会いがあった。2016年5月21日鹿児島県医師会館で開催された高血圧市民公開講座での荒川規矩男先生との出会いである。鹿児島大学医学部心臓血管・高血圧内科学の大石充教授から中尾に「高血圧市民公開講座で荒川先生が講演されるが、追加発言として『無塩生活17年』を話して下さい」の依頼があったのがきっかけです。

 

荒川規矩男先生・大石充先生・中尾正一郎 

2016年5月21日 高血圧市民公開講座(鹿児島県医師会館にて)

 

中尾が「無塩生活17年で血圧100/60mmHg」を講演したところ、荒川先生が「中尾先生は無塩食ですか。まさか日本人に無塩食の人がいるとは思わなかった。日本食で無塩食を造るのは困難だと思い、減塩+運動+降圧剤を勧めた。中尾先生、今後、無塩食を勧めて下さい。」と言われた。

 

荒川先生はヒトアンギオテンシンの単離・同定の業績で世界的に高名な高血圧学者であり、世界高血圧学会の理事長をされ、ACE阻害薬やARBなどRA(レニン・アルドステロン)系抑制剤の開発において主導的役割を果たされた先生である。

 

3)高血圧の原因療法は無塩食のみ

講演で荒川先生は「本態性高血圧の元凶は食塩であり、原因療法は無塩症のみ」と話された。「原因療法は無塩食のみ」を初めて聞いた中尾は身震いするような衝撃を受けた。

 

なぜかと言うと

①循環器内科専門医であるが今まで高血圧の原因療法を考えた事がなく、無塩食が原因療法であるとは知らなかった。

②対症療法の降圧剤治療しかしてこなかった。

③患者さんに減塩を勧めてはいたが、実際、診療の場で食塩摂取量6g/日未満の減塩が出来ているか?否か?の検査をしていなかった。

④自分自身が血圧を意識せずに行ってきた無塩食が高血圧の唯一の原因療法であることにびっくり。

 

今まで循環器内科医として主に虚血性心疾患や心筋疾患を学び診療してきたが、荒川先生の講演を拝聴してから高血圧を深く知りたくなり、69歳で日本高血圧学会に入会し、荒川先生に弟子入りした。

 

2019年9月21日 荒川先生御夫妻と中尾夫婦(福岡市の荒川先生宅にて)

 

4)無塩食に高血圧薬(RA系抑制剤)は禁忌

福岡市の荒川先生の御自宅に伺ったところ「中尾先生は無塩食だからRA系抑制剤は禁忌です」と言われすぐに理解できず2回目の衝撃を受けました。荒川先生の言われた2つの言葉「本態性高血圧の原因療法は無塩食のみ」「無塩にはRA系抑制剤は禁忌」の意味を理解するために荒川先生から数多くの論文や総説を頂き、高血圧の勉強を始めました。

 

教えて頂いた結果、

①本態性高血圧は食塩が原因の食塩高血圧であること、

②RA系阻害薬を内服しても減塩しなければ血圧が130/80mmHg以下になりにくいこと、

③無塩食ではレニン・アルドステロン活性が基準値よりも高値になって腎臓でナトリウムを再吸収して血清ナトリウムを維持して血圧を保っているので、RA系抑制剤(ACE阻害薬・ARB)を内服すると血圧を保てなくなるから禁忌であること、

④無塩食のアマゾンのヤノマミ族はACE阻害作用の毒をもつ毒蛇(Bothrops Jararaca)を恐れている。

⑤毒蛇(Bothrops Jararaca)の蛇毒にはACE阻害作用物質が含まれており、経口投与可能な小分子化して世界初のACE阻害薬としてカプトプリルが創製(Science, 1977)された。

 

5)食塩高血圧外来のスタート

3年前から高血圧専門外来を始めた。原発性アルドステロン症や腎動脈狭窄などの二次性高血圧が否定された「本態性高血圧」を「食塩高血圧」と患者さんに説明するようにした。

食塩高血圧の患者さんの治療について降圧薬による「対症療法」より減塩・無塩による「原因療法」を勧めるようにしている。

 

積極的に「原因療法」の減塩・無塩に取り組む患者さんもおられるが、減塩・無塩に消極的な患者さんも多い。

今後、味の濃い食事に慣れた患者さんに如何にして減塩・無塩をしてもらうかが目下の課題である。