ノーベル平和賞のニュースに思うこと。 | 無料塾「中野よもぎ塾」のブログ

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こんにちは、塾代表の大西ですニコニコ

昨日、ノーベル平和賞の受賞者が決まりました。
ひとりは、パキスタンで女子教育の権利を訴えてきた17歳の少女マララ・ユスフザイさん。もうひとりは、インドで児童労働問題解決に取り組んでいる活動家のカイラシュ・サティヤルティさん。

マララさんがいたパキスタンでは、武装組織タリバンによって女子は教育を受けることを妨害されてきました。そんな中、マララさんはブログで、女の子にも教育を受ける権利があると声をあげたのですが、タリバンによって頭と首を撃たれてしまいます。でも奇跡的に命をとりとめて、女性や子どもが普通に教育を受けられる権利を訴え続けてきました。

サティヤルティさんは今60歳ですが、今から30年以上前の1980年から、インドで児童労働の撤廃に向けて活動をされてきた方です。これまで7万8500人の子どもたちを、児童労働の現場から救い出し、教育を受けさせ、社会に送り出してきたそうです。
少し前に私もある取材先で聞いたのですが、世界で使われているサッカーボールのほとんどがパキスタンの工場で作られており、その工場では小さな子供たちがたくさん働いていたそうです。
FIFAの呼びかけなどで90年代後半以降、サッカーボール工場での児童労働はだいぶなくなったそうですが……。

世界には、権利を阻害する人たちがいるために学校に行けない子や、貧しい家庭に生まれて小さいうちから働くことを余儀なくされ、教育を受けられない子、学校に行きたくても親にそれを言い出せない子がものすごくたくさんいます。

日本では、小学校中学校に行くことは義務教育としてあたりまえに認められています。というか行かなきゃいけません。
でも、そうではない国はたくさんあります。
私たちがあたりまえだと思っていることが、どんなに願っても叶えられないことだったりするのです。

今回のノーベル平和賞は、そうした先進国では「あたりまえ」とされている女性や子どもの権利をちゃんと守っていこうと声を上げた人、体を張った人に送られました。
これは大変意味のあることだと思います。


ただ、日本でも「あたりまえ」とはいえ、教育を受ける機会の不平等は生じています。
ずっと前に書いた気がしますが、私が知っている公立の小学校では、一部の塾通いをしている子たちが学級崩壊を引き起こし、塾に行けない子たちがまったく授業を聞けないという状況が続いていました。
そうした例でなくても、家庭環境によって、十分に教育の機会が与えられる子とそうでない子との差が出てきてしまっています。
それでも小中学校に行けるのだからマシかもしれませんが、でも高校進学率が96%とほとんどの子が進学していく中で、経済的理由で行けない子もいます。
そういう子たちに手を差し伸べていくことは絶対に必要だと思っています。

でも、塾に行けない子たちも、だからといって教育を受ける権利が阻害されているわけではありません。
教科書もあれば、学校のプリントや問題集も手元にあります。それで一生懸命勉強することが、まずは最低限やるべきことなんです。それは忘れちゃいけないことです。


マララさんは、「ひとりの子ども、ひとりの先生、1冊の本、1本のペンがあれば、世界を変えることができる」と言っています。
また、「国の強さを決めるのは、兵士や武器の数ではなく、識字率や教育を受けた人々の多さだ」とも言っています。
日本人も、今一度これをかみしめませんか。
1冊の本と1本のペン、これをないがしろにしていませんか。
義務教育が実現できているこの日本の豊かさに、慢心してはいませんか。
カネさえ払えばいいんでしょ、と思っていませんか。
今自分ができること、やるべきこと、やっていますか。

ぜひ、このノーベル平和賞をきっかけに、みんなで考えていきましょう。

また、パキスタンやインドをはじめいろいろな国の、教育を受けられない子どもたちを支援する団体はたくさんあります。
寄付や署名など、日本にいながらできる活動もあります。
それができなくても、祈るだけでもいいと思いますし、思いを巡らせるだけでもいいと思います。
ちょっと考えてみましょうよ。

2人の受賞が本当に意味と価値を持つのは、私たちがこのテーマについて考え、行動してからのことです。