2007.03.18 静岡新聞の記事です。

改めて、振り返ってみませんか。(中村彰)


トークバトル=「夫婦の会話、してますか」インタビュー-笹原恵さん/中村彰さん

2007.03.18 静岡新聞朝刊 27頁 静岡 バトル  



 離婚時に厚生年金を分割できる制度が四月、スタートします。団塊世代の定年退職も始まり、「熟年離婚」が増えると新聞、テレビなどでは話題になっています。笹原恵静岡大情報学部助教授に夫婦像の変化や社会的な背景について、県男女共同参画センターあざれあの男性相談アドバイザー中村彰さんには、相談から見える夫婦の特徴を聞きました。長い人生、夫婦がお互いをもう一度見つめ直し、よりよい関係について考えてみましょう。


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 ■結婚観変えた個の時代-静岡大情報学部助教授・笹原恵氏


 -結婚の形態に、どのような変化が見られるでしょうか。


 「一九六〇年代までは『家』同士が関係する見合い結婚が多く、七〇年代以降は恋愛結婚が増えてきました。結婚が『しなければならない』制度から、『したいからする』『愛しているからする』という選択型に変化してきました。だから愛がなくなれば、つまり二人の関係性が壊れたら離婚するようになってきました。結婚しない選択もあり、個人の意思で結婚したり離婚したりする形が主流になっています」


 -「熟年離婚」が話題に上っていますが、背景に何があるのでしょう。


 「『熟年離婚』は新しい現象ではないと思います。一九八〇年代にはすでに“くれない族”や“妻たちの思秋期”という言葉などで、熟年夫婦の擦れ違いは指摘されていました。二十年以上連れ添った夫婦の離婚率が八〇年は7・7%だったのが、五年後には12・3%と、5ポイントも上昇しています。平均余命の延びも影響しているでしょう。平均余命を八十歳とすると、五十歳で子どもが自立してから夫婦で過ごす期間が三十年ある計算。子どもがいなくなると夫婦の会話が少なくなると言われる、いわゆる『Empty Nest(空の巣)』の状態。夫婦の関係がよくなければ、あと三十年の『余生』を自分のために生きてみたいと考える人も出てくるでしょう」


 -社会構造が家庭に影響しているでしょうか。


 「一九六〇-八〇年代は“猛烈サラリーマン”という言葉に象徴されるように、仕事を優先する夫が企業社会の中心的な担い手でした。その背後には夫の仕事を理解し、コミュニケーションの時間を断念せざるを得ない妻たちがいました。また、専業主婦は稼ぐ夫との経済的な格差があり、発言力が低かったのです。しかし実は、家事や育児も社会的に重要な『労働』であり、働く妻の家事、育児に対する社会的な配慮あるいは評価も必要です。国の統計では賃金換算すると一年で約二百八十万円という試算があります。妻の『働き』に対して夫はもっと妻に敬意を払うべき、共働きであれば共に家事や育児を担うべきだと思います」


 -厚生年金の分割制度で離婚を待つ女性がいると言われています。


 「妻の家事、育児労働を評価するという立場からは厚生年金の分割は当然のことでしょう。以前から夫の退職金の分割も話題になっていましたが、これも専業主婦の貢献を考えれば当然でしょう。今回の制度は、家庭で働く妻の立場を尊重しようという意味では意義のある措置ですが、実は国が財政難になってきた現在、生活保護や母子家庭への援助額が減らされているのと同じく、離婚した妻を国が支えるより、夫から分けさせたほうがよいという思惑も見え隠れしています」


 -最近の結婚や離婚に特徴はありますか。


 「厚生労働省の平成十八年度『婚姻に関する統計』では、婚姻届を出した夫婦のうち、どちらかが再婚(16・4%)、両方とも再婚(9%)と、結婚したカップルの四分の一が再婚しています。離婚率が増加すると結婚率も上がっています。別れたらおしまいではなく、新しいパートナーを選択した人も多いのです」


 -夫婦がよりよい関係を築くためには何が大切でしょうか。


 「互いが日々変化し、進化していく中で、その時々に相手が何を大切にしているか、どんな生き方、コミュニケーションを望むかを知っているか、知ろうとしているかが重要。価値観が同じという必要はありませんが、全く否定されるのもつらいですね。どれだけ本音で向き合えるか。自分が本音を言えば、相手の弱音にも耳を傾けることができるのではないでしょうか」


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 ■「離婚」申し出に驚く夫-県男女共同参画センター男性相談アドバイザー・中村彰氏


 -男性相談はどのような形で受けていますか。


 「静岡では月一回、電話で受けています。電話に出るとすぐ、切れてしまうこともあります。相談者にとっては電話をかけることが、大きな一歩。悩みを他人に打ち明けるまでにはさらに壁があります。年齢は十代から八十代まで幅広く、五十代が中心でしょうか。夫婦や家族、労働についての悩みが最も多いです」


 -夫婦関係にはどんな特徴が見えてきますか。


 「家庭裁判所の参与員も務めていますが、離婚調停に来た夫婦がそれぞれ話す状況にズレがあると感じます。妻が個別、具体的に離婚の引き金になったケースを挙げていきますが、夫の話は骨組みだけで細かなところが記憶から消えています。どこに問題があったのかが見えていません。妻が熟慮の末に離婚に踏み切ると、夫は初めてその指摘に気づき、妻の強い決意に面食らってしまいます」


 -男女で意思疎通の仕方に違いがあるのですか。


 「夫が疲れてやっと帰宅したところに、相談しようと待っていた妻。しかし、夫は素っ気なく受け答えしてしまいます。時に決めつけ調で。たとえ、耳を傾けても、女性が気持ちを揺れ動かしながら話すことに、夫はだんだん歯がゆくなってくる。妻側はじっくり話を聞いてほしい、悩みを共有してほしい。しかし夫側はすぐに問題を解決したがる傾向にあるようです。仕事では問題解決能力や段取りの良さが求められるでしょうが、家庭でその能力を発揮してもプラスには働かない場合があります。事実関係は伝わりますが、感情のレベルまでは伝わっていない場合が多いです」


 -ドメスティック・バイオレンス(DV=家庭内暴力)の問題もありますね。


 「電話相談を受けていると、これはDVだなと思うケースがあります。しかし、本人は気づかず、第三者に言われて初めてDVだと認めます。夫は妻と関係を修復したいと相談しますが、妻側は夫との縁を切りたいというケースが多いのです。加害者と被害者がもとのさやに戻れるということはあまり期待できません」


 -夫、男性が抱える社会的な立場も影響しているでしょうか。


 「男性は『男らしく』『男は泣くな』と言われ続け、感情を抑えながら育っています。会社では競争に勝つことが求められ、弱い部分をさらけ出すことは恥とされてしまう。つらさ、弱さの感情を抑え、比較的出してもよいのは怒りの感情くらいでしょうか。うつや過労自殺が男性に多いのも、気持ちを他人に吐き出すことが不得手なことによります。男性の更年期障害を専門にする精神科医の話で、男性が何カ月もつらい気持ちを我慢して診察にやって来たのに、決まって『大したこと無いんですけど…』と断りを入れるそうです」


 -どうすれば、お互いが相手の相談に耳を傾けられるでしょうか。


 「結婚前は自分を積極的にアピールしないと相手とつながっていきません。結婚後は言わなくても分かってくれるだろうと期待します。しかし、自分がしてほしいことは相手にしっかり伝える努力が必要です。私の妻は聴覚障害があるため、あらゆる手段を使って気持ちを伝えます。込み入った話や微妙なニュアンスが伝わらないもどかしさはありますが。また、講演などで全国に出かけ、擦れ違いも多いので、一緒に行ける場所を作るようにしています。映画館なら字幕のある洋画を見たり。べったり一緒にいる必要はありません。別行動をしていても、どんなことをしたと言い合えれば、二倍の人生を楽しめる。自慢話ではなく、うれしかったとか、マイナス部分も含めて自分自身を話すことが大切です」


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 【離婚時の厚生年金の分割制度】


 サラリーマンの妻が離婚時に、夫の厚生年金を分割受給できる制度。分割割合は夫婦間の合意や裁判所の決定で定め、最大50%。今年4月の制度施行以降に成立した離婚が対象で、第3号被保険者期間(専業主婦となっていた期間)にさかのぼって適用される。企業年金などによる上乗せ部分は含まれず、基礎年金部分は影響を受けない。さらに、2008年4月以降の第3号被保険者期間は、合意なしに半分を受給できる。中高年の離婚の増加や、男女の賃金格差などを背景に、04年の年金制度改革で導入された。


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 ▼ささはら・めぐみ氏


 1963年、宮城県出身。東北大大学院教育学研究科博士課程中退。専門は社会学、家族社会学。著書に「ジェンダーと成人教育」など。


 ▼なかむら・あきら氏


 1947年、大阪府出身。京都新聞記者を経て95年、メンズリブ運動拠点「メンズセンター」設立。著書に「男性の『生き方』再考」など。