絵本を見るかずの隣に座るとかずの肩がピクッと動いたけど、何も言わなかったから横からかずがページをめくるのを見てた。
ゆっくりとめくるページ。
なぞるのは俺の描いた二人の姿と流れる音符。
柔らかく動くその指先が優しくて、かずの顔を見たら口元が弧を描いてて。
柔らかいその表情が可愛くて、思わず頬に手を伸ばすとピクッと跳ねてそっぽを向いた。
「あ、ごめん。びっくりしたか?」
「............」
かずは返事をしないけど耳が赤くて、かずの気持ちが分かった。
可愛い、触れたいと思った。
そのままかずを見てたら、テーブルの上の俺のスマホと絵本をズイっと俺の方に差し出してきた。
「なに?」
返事はしないでさらにグッと差し出すかずに、ちょっと考えて答えた。
「電話するのか?」
「ん」
「えっと、誰に?....あ、松にいか」
コクコクと頷くかず。
「なに?絵本のこと?」
首を横に振るからまた少し考えて
「あー、仕事のこと?」
コクっと頷いたかずの頭をぽんぽんってして、ポケットからスマホを取り出す。
かずの方にスマホを見せて「松にいに電話するな」ってもう一度言ってから松にいの電話番号をタップした。
松にいはすぐに電話に出てくれて「おお。いいぞ。ついでにうちで昼メシ食ってけよ」って今日もでっかい声で言う。
「野菜がまだいっぱいあるから鍋でもしようぜ」なんて、御機嫌だ。
じゃあ今から行くねって伝えて電話を切ると、かずが俺をじーっと見てた。
「松にいが、昼メシ一緒に鍋しようって」
「ん」
「すぐ行けるか?」
うんって答えたかずが小さく笑って、鞄って呟きながら階段を上がっていった。
俺も後ろについて階段を上って、いつもの鞄にスケッチブックと鉛筆一式をいれて、ジャンパーを羽織る。
薄いダウンジャケットを着て、ボディーバッグを掛けたかずと階段を下りて絵本を鞄に入れた。
戸締りをして、自転車の後ろにかずを乗せて走り出した。
風が冷たくなって、背中のかずが寒くないかって気になる。
俺の腰を持ってるかずの右手に俺の右手を重ねたら、少し冷たくなってた。
「寒くないか?」
「ん」
返ってくる言葉が嬉しい。
少しずつ少しずつ増える会話は、かずが少しずつ回復しているって示してくれるけど、なにより俺の心が温かくなっていった。
かずが病院に運ばれたあの日から、俺の心もずっと冷たくてかずが俺を見なくなったことで、完全に冷えきってしまって。
もうダメなのかと思う時だってあったけど、みんなに支えられてなんとかかずと2人で立って歩いてきた。
最近はちょっと反応してくれるようになったし、会話も増えてきてやっとちゃんと息ができるような、冷えきってた心が少しずつ温かくなっていくような、そんな感じがしてる。
その後は黙ったままだったけど、背中に緩くもたれてるかずを感じるだけで幸せだった。
松にいは鍋の準備をしながら待っててくれて、着いたら野菜を切ってるところだった。
珍しい松にいのエプロン姿にかずがクスクス笑ってて、松にいはそんなかずの頭を小突いたりしながら、皿とか箸出せよーなんて2人で楽しそうにしてる。
俺は山ほど資料の乗って、散らかり放題のテーブルの上を片付けてた。
やっとテーブルが片付く頃カセットコンロをかずが持ってきて、しばらくすると松にいが湯気のあがる土鍋を持ってきた。
昆布で出汁とってるからなぁって、にこにこの松にいは、これもまたお気に入りのゆずポン酢と胡麻ダレを出してくれて、好きな方で食えよって言って、自分はいつも通り二つ器を用意して、それぞれの器にポン酢と胡麻ダレを入れてる。
かずも俺もポン酢が好きで、いつも通り俺たちはポン酢を器に入れた。
骨付きの鶏肉と野菜がいっぱいの鍋はうどんも入ってて、鶏肉の旨味が野菜に染みてて本当に美味しい。
冬になると松にいはこの鍋を作るんだって言ってて、去年も食べさせてもらってた。
食べ終わって片付けも済ませると、コーヒーを飲みながら松にいが仕事の話をはじめた。
俺とかずの絵本の出版に関わる話や、松にいのアシスタントとしての仕事のこと、潤が出演するドラマの話とか。
出版のことは、当面松にいのお世話になってる編集さんを通してもらうことにさせて貰った。
松にいもその方が良いって言ってくれて、ほっとする。
次の打ち合わせは松にいの家でさせてもらうようにもお願いした。
それから次の話を書いたりしながらで良いから、松にいのアシスタントは続けて欲しいって言われて、かずはコクっと頷いた。
「ありがとう」って言ったかずの頭をくしゃっと撫でて笑った松にいの顔はめちゃめちゃ優しくて、俺もあんな風に笑えるようになりたいと思った。
潤のドラマは順調に準備も進んで、来月から撮影も始まるって話だった。
あんまり寒くならないうちに帰れよって言われて、またかずを自転車の後ろに乗せてシェアハウスまで走る。
帰り道、背中に緩くもたれるかずの手は俺のお腹に回されてた。