静かに止まった車から降りると、剛ちゃんも運転席から降りてくる。
「ひとりで大丈夫だよ」
「いや、心配だから玄関まで送るよ」
きっと俺は情けない顔してる。
そんな俺の腰に手をおいて、優しくエスコートするみたいに歩き出す剛ちゃん。
エントランスの自動ドアの前でもういいよって言おうと顔を上げて。
心臓が止まるかと思った。
剛ちゃんの横顔の向こうに、大好きな人の下がった眉毛の顔。
神様って、いるんだ。
俺がフラフラしてたからバチがあたったんだね。
さとしじゃなきゃダメだって、やっと分かったのに。
ちょっと遅かったんだね。
唇を尖らせて少し拗ねたようなさとしの顔から目を逸らせなかった。
立ちすくむ俺の視線を追った剛ちゃんは「1人で大丈夫だよな?」って小さい声で俺に言った。
うんって剛ちゃんにだけ聞こえるように答えて、それからさとしにも聞こえる声で「送ってくれてありがと」って言った。
帰っていく剛ちゃんに手を振っている間も、痛いほど視線を感じる。
何も言わないけど、きっと怒ってる。
当たり前だよね。
恋人がずっと冷たくて、家に行ったら恋人を狙ってるオトコと帰ってきたとか。
俺、フラれて当然だよね。
さとしを見ることも出来ずにじっとしてる俺の所に、すっとさとしが寄ってきて「家、行こう」って、いつもより少し低い声で言う。
そっか、そうだよね。
別れ話をこんな所でなんてないよね。
コクっと頷いて、一緒にエレベーターに乗った。
玄関の鍵を開ける間もずっと無言で、さとしは口数の少ない人だからいつもそうなんだけど、それでも怖かった。
揺れて、揺れて、剛ちゃんに抱かれようとまでした俺が今更言えることじゃないけど、さとしに捨てられんのは嫌だって、俺はやっぱりさとしのそばに居たいんだって思った。
言えるわけないけど、俺の後ろに立つそのひとに抱きしめられたいと思ってた。
靴を脱いで、手を洗ってリビングに入る。
いつもの場所にカバンをおろして、エアコンのスイッチを押す。
いつもと同じ。
だけど、手が震えてる。
さとしに知られないように、コートのポケットに手を突っ込んだ。
「かず」
「なに?」
「メール見た?」
「....え?」
静かなさとしの声。
想像してたのと違う言葉に、ちょっと混乱しながらメールを見る。
『何があっても、どんな時でもお前を離さない。絶対守るから、俺のそばにずっと居ろ』
『結婚しよう』
送られてきた時間は、俺が剛ちゃんの寝室に居た時。
涙が堪えられなくて、泣いちゃダメだと思うほどボロボロとこぼれていく。
俺の不安なんて、さとしには筒抜けで。
それでも見守ってくれてたんだ。
俺の気持ちが落ち着くのを、静かに待っててくれたんだね。
泣けて泣けて仕方なくて、なのに別れようって言えない俺がズルくて。
そんな俺をいつの間にか目の前に来てたさとしがぎゅっと抱きしめた。
「泣くなよ」
「さとし....ごめんなさ....」
「何が?」
「メールとか....」
「やっぱ、いい。答えなくていい」
何がって聞いたくせに、答えなくていいって、どうして?
さとしの腕の中で、ただ戸惑う俺が居た。