はぁーって、ため息をひとつ。
目に毒過ぎる2人がお風呂に行くと、なんか部屋の温度が下がったような気がした。
かずに食後の薬を飲ませて、温かいお茶を淹れてリビングに行く。
かずはブランケットを肩に掛けてスケッチブックを見始めた。
丸いその背中も可愛い。
いつも座ってる庭に面したガラスの引き戸の近くがかずの定位置で、今は雨戸が閉まってるしカーテンがひいてあるから外は見えない。
俺はローテーブルに画材を色々置いてるから、その斜め後ろに座って描きかけのかずの絵を仕上げていく。
今日の昼間、ふわふわの白いセーターであの小さな椅子に座って、窓の枠についた肘に顔を乗せて柔らかい表情で窓の外を見てたかず。
窓の木枠の茶色とかずの金の髪。
飴色の目がキラキラ光ってた。
その時のかずの横顔が優しくて、描きたいって思ったんだ。
描きながら、色つければ良かったかなぁなんて思ってた。
しばらくするとトイレって言ったかずが立ち上がって、廊下に出て行く。
また絵を描いてたけどなかなか戻ってこないかずが気になって、過保護かなぁって思いながらも様子を見に行くと、脱衣所のドアが開いてて廊下に灯りが漏れてる。
あー、手を洗ってるのかって思って、脱衣所のドアんとこでかずって声をかけようと思ったら、やけに色っぽい声が風呂の中から聞こえた。
しょーちゃんって甘えるような相葉さんの声
雅紀って熱っぽい櫻井さんの声
目をやった磨りガラスに絡み合う2人がうっすら映ってる。
かずは洗面台の前で磨りガラスの方を向いて立っていた。
真っ赤になった頬と耳。
パッとかずの手をとって慌てて脱衣所を出た。
キッチンで手を洗って、またブランケットにくるまったかず。
俺もまた鉛筆を手に取った。
なかなか集中出来なくて、かずの様子をチラチラ見ながら描いて、目を瞑ると絡み合う2人が見えるような気がして頭をブンブン振った。
かずは赤くなった頬で俯いて潤んだ目をしてたけど、しばらくするとスケッチブックを手に取って、静かに微笑んでページをめくり始めた。
ホッとしてまた鉛筆を走らせてると、廊下から足音がして冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえる。
リビングに来た相葉さんが「お風呂、いいよ」って言って、かずの後ろに立ってスケッチを見た。
その後ろから櫻井さんがゆったりと腰に手を回して、相葉さんの肩越しにスケッチブックを覗いてる。
「........あ」
「………雅紀が泣いた絵だな」
「………うん」
その声に少し伸びあがってかずの手元を覗き込んだ。
「え?」
かずが言うのとほぼ同時に俺も思わず声が出て。
「それだったの?」
かずのリクエストで描いたたんぽぽの絵だった。
かずもよくその絵を見てる。
目に優しい光を宿して、微笑むような口元で見てるんだ。
そっとかずの髪を撫でる相葉さんを見て、きっと2人にしかわからない何かがあるんだろうと思った。
それから相葉さんは2階に、俺は風呂の準備、かずはリビング、櫻井さんはキッチンへそれぞれ別れて。
風呂の準備をして、出しっぱなしだった野菜を片付けても櫻井さんが戻ってこなくて、何やってんだろってキッチンを覗いた。
櫻井さんは静かな表情で沸かしたお湯でお茶を淹れてた。
上がる湯気から初めて嗅ぐ匂いがして、ん?って思ってると
「ルイボスティーだよ」
って、言われた。
ノンカフェインで眠る前にも良いし、雅紀の快眠の為に淹れてるんだって淀みなく話しながら、白い袋から錠剤を出すとそれをマグカップの中に落とした。
カチャカチャっとスプーンでかき混ぜる櫻井さん。え?って混乱する俺。
「何、入れたの?」
「睡眠薬だよ。雅紀には言わないで」
真顔で、小さな声だけどハッキリとそう言った。
さっきまでのデレた顔が嘘みたいに、怖いくらい真剣な顔。
あの日、うなされて暴れてた相葉さんを思い出した。
だから睡眠薬なのか。
愛情だけじゃ病気は治らないって、櫻井さんはあの時言った。やっぱり無責任に言ったんじゃなかった。
薬に頼るのは負けることじゃないって先生も言ってたから。櫻井さんもそうなんだって思った。
強い視線は揺るがなくて、相葉さんを自分が守ってくって強い意志を感じる。
相葉さんには見せないところで、この人はどれくらい苦しんで、どれだけの努力をしてるんだろう。
洗面所で嗚咽してた櫻井さんの姿が頭をよぎる。
相葉さんが大切で、どんなことしてでも守ってくんだって、相葉さんと共に生きてくって覚悟が見えて。
そのお茶に、そんな気持ちが込められてるんだと思った。
「………しょーちゃん」
櫻井さんがマグカップを持った時、相葉さんの声がキッチンの入口から聞こえてきた。
不安そうに揺れる目を見て、薬を使う意味がわかった気がした。
その目がかずの目を思い出させて胸が痛んだ。