自転車を裏口に置いて、そこからシェアハウスに入る。
買ってきたものを冷蔵庫にしまって手を洗うと、かずがふぁーっとアクビをした。
「かず、眠いのか?」
「ん...眠い」
「じゃあ、少し寝るか?それとも先に昼飯食っちゃうか?」
「....食べる」
少し考えてから、食べるって答えたかず。
商店街の小さなお店で買ってきたお好み焼きをダイニングテーブルに乗せたら、ツンツンってかずが俺の上着の裾を引っ張る。
どうした?って振り返ったらリビングのローテーブルを指さして「あっち」って言った。
珍しい。
かずは食事をする場所と寛ぐ場所は別って、いつもしっかり線引きしてた。
それはシェアハウスの管理人としてだったのかもしれないけど、俺と付き合うようになっても必ず飯はダイニングテーブルで食べてたから、リビングで食べるって言い出したことが本当に意外で、ちょっとの間かずをじっと見てしまった。
俺が置いたお好み焼きを持って、床のラグに座ったかず。
袋から紙に包まれたパックを取り出して、ローテーブルに並べてる。
めったに使わない割り箸を並べると、自分の分をパキッと割った。
スッと手を合わせたかず。
いただきますとかごちそうさまって言葉を、かずは必ずきちんと言う。
その後ろにかずのお母さんの面影が重なる。
おばさんもそういう事きちんとしてたし、俺たち下宿人にも挨拶だけはちゃんとしてねって言ってた。
おやじさんは本当に調子の良い人で、その日の機嫌が全部顔に出ちゃうような人だったけど、おばさんにだけは気を使ってる節はあった。
なんでこんな人とこのおっさんが夫婦なんだろって不思議になる夫婦だったけど、かずのことは2人が出てくってなるまで何も言わなかったから、それなりに思うところはあったのかもしれない。
食べ始めたかずの隣に座ってまだ温かいお好み焼きを食べた。
食べ終わると箸を置いて、ラグに転がるとそのまま眠ってしまったかず。
ソファーの上の毛布を取って風邪をひかないように掛けてやって、頭の下にクッションを置いてやる。
むにゃむにゃと、何かを呟いたかずの唇が赤くて目が離せなかった。
少しだけって思ってリビングに置いてあった小さなスケッチブックに眠るかずを描いた。
描きながら暴れるかずを思い出してた。
怖いと思ったし、俺が何とか出来るのかって不安にもなったけど、それでも消えなかった気持ちがあった。
かずを大切にしたい。
安心して笑ってて欲しい。
だけど、それと同じくらい不安だった。
潤はいなくなる。
相葉さんは自分のことで精一杯だし、櫻井さんだってこんな状況なんだ。
いざとなったら相葉さんを優先するに決まってるし、それが当たり前だって、俺だってそうするって思う。
不安で、落ち着かなくてテーブルの上を見たらお好み焼きを食べたまま散らかってるゴミがあった。
鉛筆を置いて、ゴミをキッチンに持って行って捨てた。
それからスマホを取り出してやっぱり櫻井さんに電話してみようって思った時、かずの薬の袋が目に入った。
そうじゃん。
先生だよ。
先生に電話すればいいんだって思って、リビングに戻りながらスマホを操作する。
すやすやと眠るかずを見ながら、庭に面した窓辺でクリニックの番号を呼び出した。
すぐに電話は繋がって、受付のお姉さんにかずの名前と俺の名前を告げて先生お願いしますって言ったら、今診察中なので折り返しますねって言われる。
お願いしますって番号を確認してもらって電話を切ろうとしたら「診察終わったみたいです。少しお待ちください」って言われて、優しいメロディーが流れた。
庭の小さな木が風で揺れるのを見ながら、先生が出るのを待ってた。