夏から秋になって、冬になる少し前。
俺はこの国に来る。
年に1度の研修と視察を兼ねた出張はもう何年も続いていて、俺がこの会社をやめない限りはきっとずっと続く。
海外、主にヨーロッパの作家の本を日本で発売する小さな出版社が俺の職場で、俺は日本での営業を担当してる。
翻訳や、ヨーロッパでの販売契約の交渉は選任の担当者がもちろんいるけど、国内で営業する上でも翻訳までは無理でもある程度の語学力とヨーロッパの空気感を知ってることは重要だなんて言う社長の方針で、毎年こちらの出版社で研修をさせて貰ってる。
ここも小さな出版社で、社長はうちの社長の留学時代の友だちだからとても良くしてくれる。
五年前に俺が来るようになってからは、こっちに留学しててそのままここに就職したって言う日本人が俺の研修を担当してくれて、去年からはその人の家に泊めてもらうくらい仲良くなってた。
「和也!」
「智」
今回も空港まで迎えに来てくれたのは智で、ふにゃっと笑うその顔を見ると、この国に来たことを実感するんだ。
智の運転する車で出版社に直行して、みんなに一年ぶりの挨拶をして、お土産を配って今年も研修が始まる。
最近のベストセラーや、注目の作家や作品の事を聞いたり、街で流行ってるお店に行ったりして日々は過ぎていく。
言葉は肌で感じるのが一番で、たどたどしくなっていても三日目には頭の中まで変化してくる。
4日目の夜、俺と智は2人で飯を作ってゆっくりワインを飲んだ。
この地方の特産のワインで、コクはあるけど口当たりの良いやつ。
毎年、必ず飲むんだ。
2人だけで。
そして訪れるその時間。
サマータイムの終わり。
冬時間に変わる時、同じ時間が2回繰り返される1時間がある。
そこにあったはずなのに、存在しない時間。
その間だけ、俺と智は恋人になる。
お互いを素肌で感じて抱き合って。
愛してるって言葉も
離さないって言葉も
あなたから受け取る熱も
全部幻の時間に消えていく。
大好きだよ。
愛してるよ。
だけど、この距離は埋められない。
あなたはこの国で
俺は俺の国で生きていく。
年に一度だけの
1時間だけの恋人
離れたくないと思いながら離れた次の朝、いつもと同じ顔して一緒にパンを食べるふたり。
それだけが昨日の夜を証明してるような鈍い腰の痛みを、感じないふりして出版社のみんなと過ごす。
そして最終日、あなたの運転する車で空港まで送ってもらって「また来年ね」って、手を振った。
「あ.....雪...」
「本当だ!マジ寒い!ニノ、早く会社戻ろ」
「相葉さん、ちょっと待ってよ」
ランチを食べ終わって店の外に出たら、今年最初の雪が降ってきた。
同期入社の相葉さんが慌てて走り出すから、俺も走って追いかける。
チラチラと降る雪が街の景色に消えていく。
智
あなたのいない世界はモノクロに見えて、今日もまた俺は無かったはずの時間を思い出す。
それから、また来年の消えてしまう時間のことを考える。
無かったはずの事なのに
存在しないその時間だけで、いつの間にかこんなにもあなたを愛してる。
今日もモノクロの世界をひとりで生きてる。
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