それから松にいが話してくれたのは、俺が知らない松にいとかずの出会い。
自暴自棄になってたかずを、無意識に自分を傷つけてたかずを、松にいはずっと見守って。
少しずつ前を向けるように、支えてきた。
かずが自分のことをあんまり話さないから、分からないことも多いけど、それでも傷ついてることはわかったし、助けを求めてるのもわかったから、そばに置いてたって。
鎧を着てるみたいな金髪のキツイ目をした少年が、ある時からぎこちなく笑うようになった。
やっと幸せになっても良いって思えたのかと、そう思える奴に出会えたのかと思ってたって。
静かに話す松にいの目には、かずへの愛情がいっぱいだった。
知らない話もあった。
知ってる話もあった。
だけど、松にいが本当にかずを大事に守ってくれてたってことは、嫌ってほどわかった。
「お前さ、和のこと好きなんだろ?」
「うん」
「お前が思う好きってなんだ?」
俺が思う好き?
それはなんだろう.....。
何かなんてわかんないけど、かずしか要らない。
「お前が言う好きは、ただ好きって言ってハグしてキスしてって、それだけか?」
「ちがっ.....」
「それであの和をどうにかできると思ってんのか?」
「思ってない。........思ってないけど、時々かずが何考えてんのかわかんなくなる。本当に俺で良いのかって不安になることもあるよ」
「アホか、不安なんてみんな抱えてんだよ」
「だけど.....」
「お前、男だろ?覚悟しろよ。腹括れ。相手は心に闇を飼ってんだ。それも相当デカイ闇だ」
「.............」
「中途半端な好きは必要ない。前のコイビトが何だ。くだらねぇ脅しなんかにいちいちぐらぐらするぐらいなら、和の前から消えろ。そんなヤツを和のコイビトなんて俺は認めない」
違うって言いたかった。
だけど、言えなかった。
何から何まで松にいの言う通りで、俺は簡単に揺れて焦って、大事なものの順番間違って、それでもまだぐらぐら揺れて揺れっぱなしで。
自信なんてカケラもなくて、かずを好きだって気持ちしか俺にはなくて、なのにそれを伝えることさえ怖くてしかたなくなってる。
悔しくて、情けなくて噛み締めた唇が痛かった。
目の前が涙で滲むけど、絶対泣いちゃダメだと思った。
「和が好きなら、本気で好きなら、闇ごと愛せよ。揺れるな。ただ好きってそれだけ考えろ。それだけを伝えろ」
「松にい.....」
情けなかった。
松にいは大人で、俺はまだガキで。
まともに他人と向き合ってこなかったから、初めて好きになったかずをどうやって守ったらいいのかも分からずにいたことが。
どうしようもなく悔しかった。
「和のこと頼むぞ。アイツはお前のことを必要としてる。絶対裏切るなよ」
「うん」
松にいが言ってることは、相葉さんの言ったことと同じだった。
かずは、俺を必要としてる。
わかってたつもりだけど、わかってなかったんだ。
いつだって大切なのはちゃんとかずが好きだって伝えること。
かずがどんな態度だったとしても、かずは俺を求めてくれてる。
俺が揺れてる場合じゃないんだ。
俺が不安になってちゃダメなんだ。
俺が揺れたから、かずが揺れて。
俺が不安になったから、かずも不安になった。
気合い入れ直そう。
大事なのはかずを好きだって気持ち。
かずを不安にさせないこと。
「わかったか?」
「うん。わかった」
「みたいだな。顔つき変わった」
ずっと厳しい顔してた松にいが、少し笑った。
「そう言えばさ、松本って凄いな」
「へ?松本...って誰?」
「ほら、お前らのシェアハウスの松本」
「あー、潤のことか」
突然話が変わって、一瞬何のことだかわかんなかった。
「松本、アイツきっと売れるよ」
「そうなの?」
「おお!ありゃ絶対売れる」
「へぇー」
「マジで、売れる。うん、売れるな...」
「松にい、おっさんみたい」
潤は売れるってブツブツ言い出した松にいが、おっさんみたいで面白くて、気づいたら笑ってた。
「あ、やべ。俺そろそろ帰るわ」
「おお」
「うん。じゃあまたね」
「あ、和に仕事が待ってるから顔出せよ って言っといて」
「わかった」
ポケットから自転車の鍵を取り出しながら松にいに手を振って、エレベーターを待ちきれなくて階段を駆け下りた。