「何なんだよ、なんでそんな冷静なんだよ」
掴んだ胸元をグイッと引いて、どう考えたって八つ当たりみたいなこと言ってる。
引っ張られて苦しかったのか、立ち上がった櫻井さんは、俺をじっと見下ろした。
何も言わないことにますますイライラがつのる。
「なんで昨日に限って家にいなかった?連絡も取れないって、何してたんだよ」
声のボリュームが上がっていく。
それでもまだ表情を崩さない櫻井さんに、俺の中の何かがブチンと切れた。
「お前がっ!お前が精神科行けとか言ったからこんなことになったんだ!無責任なこと言うなよ!かずのこと見守るつもりもねえくせに!お前のせいだっ!!お前のせいで.........かずっ.........」
ゆさゆさ揺さぶりながら、怒鳴り散らしてた。
その俺の手を、肉厚な櫻井さんの手が、がっしりと抑えた。
「大野くん。精神科に行った方が良いって勧めたのは確かに俺だけど、今でも間違ってたとは思ってないよ」
「ひらきなおるのかよっ!」
「違う。二宮くんにきちんとした治療が必要なのは確かだ。君は二宮くんとふたりで一緒に乗り越えようとしてたんじゃないの?ふたりで二宮くんの心の傷に向き合っていこうとしてたんじゃないの?君がそれを忘れてはいけない。落ち着いて。君がここでブレてはいけないんだ」
静かな声だった。
静かな、落ち着いた声だった。
当たり前のことを、当たり前のように静かに言われて、俺は、渋るかずを精神科に連れていった時のこと思い出してた。
そうだよ。
俺が支えるって決めたんだ。
何があっても、どんな時でも。
俺がかずを支えるって、一緒に乗り越えようって誓ったんだよ。
八つ当たりだってわかってた。
悪いのはこの人じゃない。
全部、俺のせいだ。
かずが不安定になってることには気づいてた。
ちゃんと抱きしめて安心させてやらなきゃってこと、わかってた。わかってたんだ。
だけど
あいつが俺の前に現れて、かずが追い詰められていくのを見て、とにかくあいつを排除することが先だと思ったんだ。
本当は、かずを一番優先しなきゃダメだったのに。
あんなに泣いて。
毎日泣いて、俺にすがって、抱いてくれって悲しそうな、苦しそうな必死な顔で言って。
俺、そんな風にかずを不安にさせてんのが悔しくて、とにかくあいつを排除して、それからかずを安心させてやれば良いって思ってた。
かずは、もうそんな状態じゃなかったのに。
今ならわかるんだ。
あいつが去って、かずがこんなことになって。
あのとき優先するべきだったのは、あいつから原画を取り返すこととか、あいつに俺たちから手を引かせることなんかじゃなくて。
かずを一晩中でも抱きしめて、愛してるって伝えてやることだったんだ。
かずの不安がなくなるように、他の誰かと比べられるような存在じゃないってことを、信じられるように、そばにいなきゃいけなかったんだよ。
だけど、だけどさ。
俺のせいで、かずがこんなことになったなんて、俺、どうしたら良いんだよ。
お前のことすげえ好きなのに、お前を一番苦しめたのが俺って。
どうしたら良いんだよ。
お前........まだ、俺のこと好きでいてくれんのかなあ。
さっき振り払われた手が、櫻井さんの服を掴んでる。
もう、俺なんか嫌いになっちまったのか?
俺はこんなに好きなのに、お前しかいないのに。
どうしたらいいんだよ?
俺はお前を苦しめることしかできねえのかな。
お前は、俺といて幸せになれるんかな?
すげえ好きだよ。
お前しかいらない。
お前がそばにいてくれればいい。
バカでどうしようもない俺だけど、お前のそばにいたいよ。
拒否されることが、こんなに辛いと思わなかった。
櫻井さんにめちゃくちゃな文句を言ってた俺。
潤は、横で固まったように見てた。
突然後ろから声がした。
「そんなに大声出してたら迷惑だから、とりあえず帰ろう」
相葉さんの声で俺の指から力が抜けて、櫻井さんのシャツをはなした。
相葉さんは櫻井さんのところに駆け寄って来て
「大丈夫?」
なんて、聞いてる。
またこみ上げる怒りに拳を握りしめたら、潤が横に来て、落ち着けって言うみたいに俺の背中をトントンしてくれた。