「お前、今なんつった?」
さとしの声が、聞いたことがないほど冷たい。
スッと眇められた目が睨むように俺を見てて、射抜かれてしまいそうだ。
さっきまで胸の中を支配してたイライラは消え去って、圧倒的な力の差に怯える動物のように、息をするのも苦しくなる。
何にこんなに怒ってるの?
すぐに口を尖らせてムスッとするさとしだけど、本気で怒ることは本当は滅多にない。
まして、こんなに本気なことってたぶん初めてくらいだと思う。
小さな嫉妬や、ワガママで困らせたことなら何度もある。
普通の人より懐の深いこの人は、大抵のことは何とも思わないで、ドーンと受け止めてくれる。
受け止めてくれてた。
だから俺は、この人の腕の中でいつも安心して笑っていられた。
だから俺は、この人の苦手なことは全部うまく引き受けたり、フォローしたり、笑いに変えたり、この人に笑っていて欲しくて、そばから離れなかった。
この人の優しい空気に惚れてしまったあの日から、いつだって俺の一番はこの人で、優先するのはこの人だった。
そうやってそばに居るようになって、何を気に入ってくれたのか、この人が俺のことを好きになってくれて、嬉しくて幸せで。
沢山構ってくれて、愛してくれて。
幸せで。
本当に幸せで。
で、気づいた。
俺、この人を幸せにしてあげられるんだろうか?って。
俺は幸せで堪らなくて、ずっとずっと一緒にいたいけど、いろんな人に愛されるこの人は、もしかして、もう俺のフォローとかお世話とか、必要ないんじゃないかなって。
滅多に帰らないひとりの部屋で、唐突にそう思った。
最初は、ちょっとした嫉妬だった。
俺が嫌がるの知ってて、なんでそうゆうこと言うんだよって、ムカついて。
そばにいたら酷いこと言っちゃいそうだし、ケンカしたくなんかないし。
でも、たまには俺が怒ってるってこと知って欲しくて、嫌だって気持ちわかって欲しかっただけだったのに。
ひとりになって色んなこと考えてたら、なんか、俺ってめんどくさいなって。
そう思ったら、もう止まらなかった。
このままだったら、さとしに嫌われてしまう。
それは耐えられない。
さとしが俺を嫌いになるなんて、そんなの生きていけない。
俺がさとしを嫌いになれたらいいのに。
でも
そんなこと出来ない。
嫌いになんてなれない。
ならないよ。
それなら、距離を置けばいいと、思ったんだ。
そばにいる時間を最小限にすれば、嫌われない。
そう思っただけなのに.....
俺.......遅かったのかな.....。
もう、俺のこと嫌いになった?