バイク乗りはみんな「元カノの温もり」を忘れられない。
きっと誰もがそうなんだと思う。
バイクの事をどうゆう位置付けにするかはライダーによってそれぞれなんだろうけど、少なくても俺は歴代のバイクのことを女の子として扱ってきた。
もちろんハーレーも女の子だ。
各国を回ってよく言われる言葉は「beautiful！」だ。
俺のバイクを見てみんながみんなそう言葉にする。
その度に俺は、自分の彼女を褒められたかのような優越感に浸ってたしそれを「当たり前だよな」とも思ってた。
元カノとは今まで乗ってきたバイクの事。
まるで今まで付き合ってきた女性を思う気持ちと同じように、歴代乗ってきたバイクは思い出と共に心に深く刻まれている。
蕎麦屋のバイトでお金を貯めて買った高校時代のアプリリア。
マフラーから「ピー♪」という音が出てくる宇宙戦艦ヤマトのダサいシールが貼られたボロボロの原チャリ。
アニキからのお下がりで手にしたホーネット。
友人から格安で譲り受けたスティード。
全てのバイクに物語があってそれぞれにそれぞれの思い入れがある。
ハーレーダビッドソン。
男なら少なからず一度はこの言葉の持つ響きに憧れたことがあるはずだ。
それはイージーライダーの映画を見た時なのか、街を颯爽と走るハーレー乗りの背中を目で追いかけた時なのか、遠くから聞こえてくるハーレー独特の鼓動音を聞いた時なのか…。
人生のどこかのシーンで「俺もいつかハーレーに乗ろう」と思ったことがあるはずだ。
その憧れを実際に叶えた人はどのくらいいるだろう？
「ハーレーに乗る」と言うことは夢とは到底言えないほどの低いハードルだと思う。
買えない理由はいくらでも作れる。
お金がない。家族がいるからバイクは危険だ。大型免許を持っていない。ガレージが狭い。盗難が怖い。車があるから。…………。
理由を挙げようと思えばまだまだいくらでも挙げられる。
そんなそれっぽい言い訳を全て削ぎ落としたら、「月々２万円のローン」っていう現実的な言葉だけが残る。
この言葉が持つハードルは高くない。
外食を控えたり、洋服を買う頻度を減らしたり、禁煙・減酒したり、とちょっと生活を変えるだけで手が届く。
俺がハーレーを手にした理由は「ハーレーで世界一周」をしたかったから。
旅に出る前にローンではなく一括で買った。
ハーレーを買ったことによってお金が無くなったから必然的に旅の資金は「旅をしながら現地で稼ぐ」というスタンスになった。
旅に出て５５０日目が過ぎて、決して楽しいだけの旅ではなかったし貧乏旅行を余儀なくされたけど、ハーレーを買った事を悔やんだ事は一度もなかった。
最初はさ！
超重量級のロードキングを扱えなくて本当にハーレーに乗るのが憂鬱だったんだ！
慣れない右側通行の異国の地でずっとあたふたしながら運転してた。
きっとハーレーも「おいおい、こいつ大丈夫か？」って思ってたと思う（笑）
キルギスに着いた頃かな？
だんだんとハーレーと俺との距離が近づいてきて初めてこいつと意思疎通が出来た。
俺がガソリン代やら旅の資金やらを稼ぐために必死にギターをかき鳴らしてた向こう側で駐車場に置いてたハーレーに群がる現地の人たち。
勝手にシートに跨られて写真をたくさん撮られてた。
そんな光景を見て、お前が俺に「世界一周に連れてきてくれてありがとう」って言ってるような気がしたんだ。
過酷な道のりを走らせてきたけど、「お前も満更でもなかったんだな」って。
俺はさ！
知ってると思うけどあれからかなり一生懸命に運転の練習をしたよ！
運転中はもちろん、歩いてる時まで身体の軸を意識しながらバランスを取ったりしてさ。
アンプにギター、テントに食料、本に洋服。
こういったスタンスの旅をしようとなると荷物がどうしても重くなってさ、そんな重量に負けないくらい運転技術を磨いたつもり。
お前はどう思ってる？
日本を出発して、いつもそんな俺の姿を見てきてさ。
カッコ良かったかな？
俺に選ばれて良かったってちゃんと思えてたかな？
俺はさ、こんな過酷な旅に付き合わせる代わりにさ、「世界中の景色を見せてあげる！」って思ってたんだ！
ひとつひとつ着実に訪問した国を増やして行って今ではもう２９カ国。
それでも世界はまだまだ広くてさ、お前と一緒に駆け抜けた大陸はたった一つだけ。
まだ４つも大陸は残ってる。
俺は常に楽観的だからさ。
全てがうまくいくと思って生きてるんだ。
ハーレーで世界一周出来るのも当たり前だと思っていたし、日本に帰ってからもじじいになるまでずっとお前に乗って暮らしていくんだと思ってた。
いつの頃からか「ハーレーダビッドソン」が持つ言葉の響きに憧れて、いつの日かハーレー乗りになる日を夢見て。
そしてお前を手に入れてからはいつまでもハーレーに乗って歳を取っていくものだと思ってた。
多くの人が言ってくれたよ。
「ハーレーが身代わりになってくれたんだね！」って。
俺には事故の記憶がないんだ…。
だからあの瞬間、どういった感じだったのかも分かってない。
気付いた時には、他人事みたいな時間が流れてて、お前はずっと俺を照らしてた。
何か言いたかったんだよな？
ライトで照らしつつも、あの時何か俺に伝えたかったんだよな。
事故の記憶はないのに、俺をフォグランプで照らし続けてたあの光景は鮮明に覚えてる。
ライトが眩しくてお前の姿が見えなかったことも…。
そりゃ見られたくないよな。
死んでく姿なんか俺に見られたくないに決まってる。
そんな出来事からもそう思うよ。
やっぱりお前は女の子だったんだなって。
最期の最期まで女の子として俺と一緒にいてくれたんだなって。
こうした君の姿を見ることになるとは思ってもいなかった。
死んだ君の姿を見ることになるとは思ってもいなかった…。
ハンドルを握っても、シートに座っても、タンクをさすっても、、、いつものようなやり取りが出来ない。
まるで魂が抜けてしまってる君。
俺は大した怪我もしてないのに、お前は俺をかばって死んだんだな。
俺はまだこれからも生きていくってのに……。
写真撮影はダメだと言われたけどどうしても写真が欲しくて無理やり撮ってもらう。
特に手続きもしない。
今日はこいつの状態を見に来ただけ。
田舎の業者のガレージを出てローカル線の駅まで歩く。
外はもう暗くていつもより冷たい風が吹いてくる。
歩かなきゃ。
口から出まかせのような夢を叶える為に、夢のような時間を過ごしてきた。
これも夢で終わればいいんだけど、やっぱり覚めなくて。
ハーレーが…。
あいつが死んだ。
紛いもなく、これは現実だ。
こんな目に遭わせたくて連れて来たんじゃなかったのにな……。
俺のせいで……。
ごめんな。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
本当にごめん。
俺と出会ったばっかりに……。
〜上を向いて歩こう〜
上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
思い出す 春の日 一人ぽっちの夜
上を向いて歩こう にじんだ星をかぞえて
思い出す 夏の日 一人ぽっちの夜
幸せは 雲の上に 幸せは空の上に
上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
泣きながら歩く 一人ぽっちの夜
一人ぽっちの夜
思い出す 秋の日 ひとりぽっちの夜
悲しみは星のかげに 悲しみは月のかげに
上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
泣きながら歩く 一人ぽっちの夜
一人ぽっちの夜
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