北海道芦別市のカナディアンワールドで大変意欲的な取り組みがなされていると知りました。

本稿は経済学部、経営学部、社会学部、観光学部の学生さんにお勧めです。

 

 

 

北海道芦別市のカナディアンワールド閉園後に

地域住民有志が再建に挑戦

 

 

中島 恵

 

1.はじめに

 2021年11月、筆者はあるメディアの記者から取材を受け、北海道芦別市にあるテーマパーク「カナディアンワールド」が閉園後、地域住民有志による再建が行われていることを知った。

 本稿では、カナディアンワールド企画立案、経営不振と閉園、閉園後に地域住民有志が振興会を結成し、クラウドファンディングで予算を集め、再建に挑戦している過程を考察する。

 

 

 

 

カナディアンワールドの概要

 カナディアンワールドは、芦別市が三井芦別炭鉱閉山による斜陽対策の一つとして「炭鉱から観光」への転換で1990年に開園した。北海道芦別市黄金町に立地し、道の駅芦別より車で13分である。約45万㎡の広大な敷地は丘と森に囲まれ、赤毛のアンの小説の舞台が広がる。これまで累計230万人が訪れた。カナダのプリンスエドワード島にある「アンの家」と同じ設計図で建てられたアンの家、主人公であるアンの親友ダイアナの家、世話焼きなリンド婦人の家、アンが通った学校、教会、郵便局、アンが名付けた「輝く湖水」という池や森の中の散策路「恋人たちの小径」などがある。「赤毛のアン」の小説を再現した場所である。全国から多くの赤毛のアンのファンが訪れ、日本とは思えない景観にみな驚く。施設の外観は古くなっているが、内装は美しいままである。特にアンの家は、本家プリンス・エドワード島のアンの家が燃えた時、設計図も消失したので、再現するためカナディアンワールドのアンの家の設計図を貸出ししたほど、完全に再現されている貴重な建物である[1]

 

 

 

 

2.カナディアンワールド企画立案

科学と芸術、ウォーターパークから赤毛のアンへと企画変更、規模縮小

 1988年4月、芦別市が脱石炭プロジェクトの一環として取り組んでいる「星の降る里ワールド整備事業」の第一期事業計画概要が固まった。事業主体となる第三セクター、星の降る里芦別(本社芦別市、社長・東田耕一・芦別市長)が出資者、芦別市に事業計画を説明し、基本的に了承を得た。

 国内最大面積のラベンダー畑の中に19世紀のカナダを再現したカナディアンワールドを建設する。カナディアンワールドは同市旭町油谷の奥にある黄金地区約150ヘクタールに造成する。第一期計画でこのうち30ヘクタールを日本最大規模のラベンダー畑とし、このなかに19世紀のカナダ各州の風景や「赤毛のアン」にちなんだ施設を配し、異国情緒のある非日常的な世界をつくり出す。具体的にはラベンダー畑に縦横に散策道路を通し、アンの家、リンド夫人の家といった「赤毛のアン」関連施設や19世紀のカナダの街並みを随所につくる。カナダの雰囲気を出すため、カナダ人による演芸や英会話教室も実施する。

 第一期計画の総事業費は39億円で、5月に造成に着手する。1年目の入場客数は30万人を想定、雇用規模はピーク時でアルバイトを含め240人を見込む。1987年11月に市が発表した事業計画では、同市油谷地区の炭鉱跡地約230ヘクタールに総事業費約70億円をかけて屋内型ウォーターパーク、カナダ・プリンスエドワード島にある「赤毛のアンの家」の姉妹館、収容規模200人のホテルなどを建設するといった内容だった。しかし投資効果や収支計画を慎重に見直し、規模を縮小した。「夢物語ではなく実際に事業展開するため投資を着実に回収できる現実性あるものに落ち着いた」と星の降る里芦別の坂本陸奥男常務は言う。

 芦別市を支えてきた石炭産業の衰退に伴い、市は地域振興の目玉に観光開発をすえ、1984年12月に「星の降る里」を宣言した。その後3年かけてようやく第三セクターの設立にこぎつけた。第三セクターの資本金は7億5200万円で、市が2億800万円、市内地場企業や企画を担当する東急エージェンシーなど民間が3億4400万円を出資した。産業基盤整備基金が出資対象プロジェクト第一号として2億円を出した。それだけに今回の計画変更には政府や政府系金融機関の意向も強く働いている。「当初計画の中から収益性に疑問があるものは排除され、地に足のついた事業となってきた。基金の第一号出資会社でもあり着実に成功することが重要」と札幌通産局は積極的に評価する。NTT株売却益の無利子融資を担当する北海道東北開発公庫も同様な見方だ。地元の出資企業も「事業が成功に向けて一歩近づいた」と安心感を隠さない。

 1984年以降、芦別市が提示する事業構想の中身が二転三転してきた。最初、星と宇宙をテーマに科学と芸術を柱とした観光開発構想を打ち出していたのが、1987年11月にウォーターパークを中心とした計画に変更、そしてカナディアンワールドに変更した。市は構想、計画の立案を全面的に東急エージェンシーに委託してきたが、この変遷ぶりに市の関係者ですら「東急エージェンシーに振り回されてきた感は否めない」と漏らす。それだけ不透明感が強かったが、この計画変更で東急電鉄グループが本腰を入れたとの見方も出ていた[2]

 

日揮が設計と全体の修景工事を受注

 1988年11月、日揮はカナディアンワールドの設計と全体の修景工事を受注した。施設としてカナダ各州の代表的な35棟の建物を設置する。ワールド全体は2000ヘクタールの敷地にカナダのほかに米国、フランス、英国の計4カ国の国際村を建設する[3]

 

 

 

東急電鉄で大阪万博、横浜博などを手がけた人材が出向

 1990年7月、星の降る里芦別の山本浩[4]専務が「道内には海沿いの観光地が多いが、カナディアンワールドが内陸型の観光地のあり方を示すことができるのでは」とオープン前にコメントした。芦別は夕張、三笠、歌志内などと同様の空知管内の旧産炭地である。産炭地振興に何か目玉をと、同市が東急グループに話を持ちかけ、知恵を絞ったあげく、出てきたのが産炭地と「赤毛のアン」という意外な組み合わせであった。これからの観光の主流は時間とお金のある若い女性で、若い女性に人気なのが「赤毛のアン」である。「赤毛のアン」の舞台である19世紀のカナダに施設や雰囲気を近づけるため、4月に東田耕一市長を団長とする訪問団が、舞台となった加プリンスエドワード州を訪れた。「カナダとのパイプが太くなり、バックアップしてくれることになった」と山本専務は言う。山本専務は東急エージェンシーから1989年10月、このプロジェクトを推進する第三セクター「星の降る里芦別」に出向した。東急電鉄に入社して以来35年間イベント、開発畑を歩いてきた。大阪万博、横浜博などを手がけ、第三セクターの事業にも多く携わった実績が買われて起用された。この事業は「自治体と民間では仕事の方法、考え方が違うのが当然だが、産炭地振興に市の将来をかける、という大きな意味での目的意識、方向性がはっきりしていた。非常にやりやすかった。」「カナディアンワールドをきっかけにして、カナダの産物を輸入するパイプを作りたい」と山本専務は述べた[5]

 

 

 

3.カナディアンワールド閉園の経緯

第一期工費52億円も集客振るわず、第二期工費31億円計画

 1991年8月、北海道・空知の産炭地、芦別を「赤毛のアン」と日本一のラベンダー畑で再生させるという願いを込めて、テーマパーク「カナディアンワールド」が開園して1年経過し、入場客数が目標を下回った。しかし、北海道のさわやかな空気は魅力で、施設整備や道外客へのPRが進めば、富良野と並ぶ新名所になると思われる。第三セクターの運営会社、星の降る里芦別(社長、東田耕一・芦別市長、資本金10億4900万円)の設立は1988年。東急エージェンシー、東急建設など47社が出資し、主体の東急エージェンシーから山本浩理事が専務として常駐し実際の経営を担う。総面積は露天掘りの跡地を含む市有林約156ヘクタール。第一期分として48ヘクタールに赤毛のアンの村を再現している。村には「ブライトリバー駅」、親友ダイアンの家の「オーチャードスロープ」、アンが暮らした「グリーンゲイブルズ」などのほか、カナダのガラス細工などクラフトマンの制作工房、ショッピング・グルメタウンなどがある。これら施設を取り巻く形で一面のラベンダー畑が続く。ラベンダーとハーブ園の面積は18ヘクタールもあり、富良野をしのぐ日本一のラベンダー畑が自慢だ。第一期分の総工費は約52.5億円である。開園から1991年3月末までに入場者数30万人を見込んでいたが、実績は20.4万人と振るわなかった。冬場の4カ月間も3万人の目標が8000人にとどまった。800万人とも推定されるアンのファンは潜在的な顧客であっても、9割以上は道外在住者であり、入場者の増加に結びつかないのが悩みだ。このため、第二期計画(1994-1996年)では約31億円をかけて宿泊施設、テニスコートなどを作り、さらに、将来は比較的近いパンケホロナイ山にスキー場を建設し、一体運営する[6]

 

累積赤字28億円、社長辞任、市長が社長を兼務

 1993年12月、入場者が伸び悩む第三セクター、星の降る里芦別の松井幸吉社長が辞任した。東田耕一会長(芦別市長)が社長を兼務する。松井氏は前芦別市助役で、1991年7月に東田前社長の後を継いで社長に就任した。辞任の理由は「一身上の都合」だという。入場者が伸び悩み、1993年度の累積赤字は約28億円に膨らむ見込み[7]

 

三セクの債務62億円を芦別市が引き継ぐ提案

 1994年2月、約62億円の債務を抱え、経営が悪化しているカナディアンワールド再建問題で芦別市は市議会議員協議会に市の支援策を提示した。支援策では、経営主体の第三セクター、星の降る里芦別(社長・東田耕一市長)の債務を全額、市が引き継いだ上、市が金融機関に対して3.5億円程度、20年間返済することを提案した。これによって第三セクターは黒字を継続できるため、新たな借り入れは必要なくなる。直営の物販・飲食店をテナント化し、冬季休業することで経費削減する。この議員協議会は100人以上の市民や報道関係者が見守る中で開かれた。議員からは累積赤字を生んだ経営上の問題点や、経営責任、市財政への影響などの質問が相次いだ。市は同月18日の臨時市議会で、経営主体の第三セクターに対する約1.9億円の追加融資に同意を得たいが、反対派が多い[8]

 

芦別市が市営公園化、全従業員解雇

 1997年11月、芦別市は赤字が続くカナディアンワールドの収益事業の継続を断念し、来年度から市営公園に切り替える方針を固めた。来春からは同ワールドを運営している三セク、星の降る里芦別(社長・林政志芦別市長)から施設を借り受け、市が管理する。無料にするか未定である。これに伴って、三セクの従業員(市からの出向職員を除く)10人全員を11月末で解雇する。市営公園となるため、園内でのイベントなどはなくなり、建物だけの展示となる。ただし、物販・飲食施設は外部テナントのため、希望があれば営業継続を認める。市は、1995年度から三セクの債務を毎年約3億円肩代わり返済しており、市営公園化しても、年間約5000万円の維持費を追加負担する必要がある。有料入場者数は約6.6万人で、ピーク時の4分の1となった[9]

 

会社精算、芦別市が債務のうち損失補償した32億円を債務補償

 2007年6月、カナディアンワールドを運営していた芦別市の第三セクター「星の降る里芦別」は八金融機関への債務返済に関し、会社を清算して市などが債務返済を代行し、金融機関が金利を減免することで合意した。市は三セクの債務のうち324600万円を損失補償しており、19年かけて完済する。三セクは同月中旬に開かれる市議会での承認を経て、全資産を市に1.7億円で売却。7月末をメドに清算する。三セクが資金を借り入れた時の金利は金融機関によって5〜7%の高利だったが、今後19年間の金利は一律年0.5%に抑える。林政志市長が数億円を個人保証していたが、返済代行は200万円と大幅に抑えた。芦別市は2006年、従来計画では財政難のため返済が困難と判断。今年2月以降、市と三セク、金融機関が札幌地裁で調停を続ける[10]

 芦別市はカナディアンワールドの約34億円の損失補償を抱え、毎年約1.7億円の弁済を続けている。芦別市は炭鉱で栄え、1958年に約7.5万人だった市人口は約1.2万人になった。52億円かけて整備した地域活性化である。地域活性化の切り札になるはずだった[11]

 

 

 

3.地域住民による振興会結成と再建を目指す活動

地域住民有志が振興会結成

 カナディアンワールドは度重なる運営体制変更を経て、2019年10月に閉園が決まった。しかし地元住民の想いで、2020年4月に運営再開予定となった。ただし資金繰りの見通しは立っていない。そこで地域住民有志が集まり、カナディアンワールド振興会(以降、振興会)を結成した。振興会はカナディアンワールドに以前から入っていたテナントの人たちが集まった「カナディアンワールドテナント会」が前身の組織である。芦別市がカナディアンワールド閉園を決めたので退会したメンバーも多いが、どうにか存続させたい強い意志を持った民間のメンバーとテナント参加者14名が集まり振興会を結成した。振興会メンバーで名前をホームページに載せている人は、農家エステティシャンである[12]

 

開園からの振興会の活動

 1990年7月、カナディアンワールドは一般社団法人芦別観光協会「星の降る里あしべつ」事業の一環で開園した。初年度20万人、次年度27万人だったが、赤毛のアンとプリンスエドワード島に特化したテーマパークだったので、子どもの遊具がなく、坂道のため年配者に敬遠され、食べ物の持ち込み禁止だったのでリピーター確保に至らず、年々来園者が減少した。雨漏りや腐食が目立ち、さびれた外観となった。1999年に芦別市が運営することが決まり、再出発したが、集客は振るわず、施設維持費の方がかさむので閉園を決定した。

 しかし、振興会はカナディアンワールド復活のため、来園者に呼び掛け、SNSで協力者を募集し、園内の複数個所にポスターや募金箱を設置して訴えてきた。徐々に協力者が増え、芦別市に交渉を開始した。2019年、存続を希望する民間人と既存のテナント入居者とで同会を結成し、2020年度からは同会のみで運営予定となった。2020年4月25日から10月25日までの開園を予定している[13]

 

必要経費年間150万円とクラウドファンディング大成功

 振興会はできるだけ自分たちで掃除、草刈り、見回りなど経費節約するが、年間運営費は最低約150万円かかる。電気代だけで開園している半年間で100万円、浄化槽に月平均約16万円かかる。園内での絵葉書販売、メンバーが集めた寄付金などの合計で40万円ある。差額110万円をクラウドファンディングで集めたい。もしクラウドファンディングが失敗したら、借入を行い、本年度はどうにかして運営する予定である。今後の運営を考えるとなんとしてでも成功させたい。2021年以降の運営に関して、同会会員・テナント会員の会費、募金活動、イベント収益で賄う予定である。最低限の運営費になると思うので、大きな修繕費はクラウドファンディングを考えている。現在カナディアンワールドは老朽化で建物や遊具のほとんどの塗装が剥がれている。ドアが閉まらない建物もある。外観がさびれた感じになっているため、来園者は廃墟感を感じてしまう。ゆくゆくはカナディアンワールド全体の修繕もしたい。カナディアンワールドを愛する人たちとともにこの場所を残したい。

 振興会は2020年3月31日締め切りで110万円を得るためのクラウドファンディングを行ない、支援を訴えた。それが功を奏し、クラウドファンディングで254.1万円を獲得できた。振興会に応援コメント276件が寄せられる快挙である。下記のように、振興会の訴えは胸を打つものであった[14]

 

(一部抜粋)

なんとしてでも継続させたい。

カナディアンワールドを愛する皆さまと共に、この場所をこれからもずっと。

どうか、皆さまとともに、カナディアンワールドを存続させられますように。

皆さま、どうかご支援のほどよろしくお願いします!

 

 

 

芦別市と振興会が無償の賃貸契約

 20202年3月26日、芦別市と任意団体のカナディアンワールド振興会は無償の使用貸借契約を締結した。契約書は全16条で構成される。土地や建物、物品など貸付物件の内容や、事故や災害に伴う賠償責任は振興会が負うこと、貸付期間は4月1日から1年間で、その後は1年ずつ延長することなどが盛り込まれている。市役所で調印した振興会の石岡剛名誉会長は「クラウドファンディングで予想を上回る254万円の運営資金が集まり、感謝している。しっかり再建したい」と述べた[15]

 

2020年入場無料で夏季66日間営業計画

 2020年6月、カナディアンワールドが開園する。振興会が市から運営を引き継ぎ、交流人口拡大を目指す。入り口の看板を支える丸太を新しくした。園内に木々の緑が広がる。振興会員が案内板の補修に汗を流した。同園は露天掘り跡地に52億円で建設し、市の第三セクターが運営した。2019年の入場者は1万8997人にとどまった。市は建物の老朽化で入場者の安全を担保できないなどとして閉鎖の予定だった。営業は同月6日から10月25日まで土日祝日と夏休みの計66日を予定する。入園無料で自由に楽しんでもらう。オルゴールや絵画、カブトムシなどの展示、販売や飲食など15店が営業する。振興会の俵政美会長は「クラウドファンディングは予想以上の反応だった。民間の知恵を出し、年間3万人の入場者を目指す」と言う[16]

 

市内の工務店に格安で外壁加工を発注

 2020年7月、カナディアンワールドは老朽化で色褪せていた「アンの家」の屋根や外壁をペンキで塗り直す化粧直しを始めた。クラウドファンディングで集めた資金で窓枠などの補修も含めて8月15日までに作業を終える。振興会と格安で作業を引き受けた市内の工務店の計7人が屋根や窓枠は緑色、外壁は白色のペンキで塗り直した。化粧直しはクラウドファンディングの寄付者に約束していた。振興会の俵政美会長(北海道電子工業社長)は「新型コロナウィルスの影響で遅れたが約束を果たせた。多くの人に見に来てほしい」と言う[17]

 

振興会長の本業はバーコードリーダー製造販売会社経営

 振興会長を務める俵政美氏は登別市生まれ、72歳である。少年時代はラジオ製作に没頭した。名城大(愛知県)を経て商社に入り、28歳の時、担当した光センサーに将来性を見いだすと、バーコードリーダー製造販売のオプトエレクトロニクス(埼玉県)を1人で設立した。オランダやアメリカなど十数カ国で230人を雇用し、売上高65億円のグループ企業に成長させた。「紅葉と食事がいい」と誘致に応じ、芦別に工場を構えて34年。園内ではタンス大の19世紀のアラブの王様の特注品など、オルゴール60点を展示する。自宅は米国内にあるが、新型コロナウィルスの影響で戻れず、芦別で各国の社員とリモートワークでやりとりする。世界の価値観が一変した今後の社会を楽しみたい。大学時代に学生運動に関わり、権力にひるまぬ精神力が身につき、相手の立場で目標を示す経験を積めた。それが経営者の今に結びついている。俵会長は「人や金の不足で草刈りに手が回らず、園内に草が茂り、野花が咲いていた。でもそこが評価された」「民間の発想で知恵を出し、役所ではうまくいかなかった運営に成功できれば面白い」とコメントした[18]

 

66日間営業し2万人来場、予想以上の賑わい

 老朽化した「アンの家」の屋根や外壁を地元工務店が補修した。ペンキで塗り直す人の顔は、誇りや喜びに満ちていたと言う。市から土地や施設を無償で借りて自主運営した1年目、振興会は「予想以上のにぎわいだった」と言う。荻原貢市長は「アンの世界は根強い人気で、相当程度の入場があった。芦別を知ってもらえ、地域振興につながった」と述べた。芦別市は2026年度まで、第三セクター時代の負債を毎年約1.7億円ずつ支払う。市民には冷ややかな見方もある。振興会の石岡剛名誉会長が「しっかり再建したい」とコメントしたが、新型コロナウィルスで開園は40日余り延期を余儀なくされた。6月6日の開園日、約300人(振興会調べ)が来場した。9月の平日に園内を撮影しようと、閉園日と知らずに遠方からタクシーで来た客を特別に入園させた。親切な対応が喜ばれ、寄付を申し出てくれた。ファンは草刈りが行き届かない園内も意に介さなかった。振興会は「名古屋から2度も来てくれた人がいた」と驚く。市商工観光課は「景観保全などで一定の効果があった」と言う。コロナ禍で短縮されたが、10月下旬までの土日祝日や夏休みの66日間開園した。振興会は「事故もなく、2万人ほどが来場してくれた」と、市営公園最後となった2019年度並みを確保した。

 定例市議会で荻原市長はカナディアンワールドなど民間主導による市有施設の活用について「一定程度は目標達成できた」と答弁した。振興会の俵会長は「民間の発想で親切な運営を行い、お客が情報発信をしてくれた」、平日の開園要望が少なくないため「来季は個別に平日や夜間も開園したい」と述べた[19]

 

 

 

 

20214月第2期営業開始

 2021年4月24日、カナディアンワールドが2期目の営業を始めた。振興会はコロナ禍であるが、園内は密になりにくい上、感染防止対策を行う。2020年より1店少ない14店が換気や消毒を徹底して飲食や物販などを営業する。期間は10月末まで。当面は土日祝日の午前10時~午後5時、入場無料である。俵会長は「テラス席を増やすなど家族で楽しめる園内にしたい」と言う[20]

 

修繕進み、テナント数増加

 2021年7月から従来の土日祝日に加え、月、木、金曜日にも条件付きで開園する。2年目を迎え、利用者の要望に応えての開園日拡大した。老朽化した施設の整備も進める。曜日を限定しての開園日拡大は軽食を提供するテナントが営業する日に合わせた。管理の都合上、土日祝日のように車両での入園はできないものの、徒歩での入園が可能となる。ファーマーズ駅の屋根の工事や池に架かる橋の修繕、雪の重みで破損したフェンスを撤去し、ペチュニアの植栽などをした。テナントは2020年度から2店増え14店になった。振興会は「コロナ禍と悪天候により、4~5月の入場者は少なかったが、6月は前年度並みの1日400~500人に増えてきた」と言う。同園近くには7月から豪華なキャンプを手ぶらで行えるグランピング施設ができるので、俵会長は「近隣の施設と連携して訪れる人たちがより楽しめるテーマパークにしていく」と述べた[21]

 

市民運営の試みは前例が無く画期的

 振興会メンバーは10人ほどで、同園の美化は頑張りすぎず、自分の店を中心にできる範囲で行う。第三セクター運営の頃のような整備はできない。コンサートやプラモデルの展示会なども催す。建築から30年以上経過し、塗装は剥がれ落ち、赤錆びて、使われていない金属製の遊具などが残されている。新しい施設に無い独特の物寂しさに魅力を見いだす都市部からの客も多いという。振興会の俵会長(73歳)は「古びたことで、模倣しただけでは出せない、本物のアンの世界に近づいた」と言う。テーマパーク経営に詳しい明治大学の中島恵兼任講師によると、バブル期に開業した地方のパークが破綻後に放置される例は多い。多額の負債で倒産して解体費を出せず「集客力が低い立地」と負の印象が付き、廃虚化して不法侵入の多発なども起こる。中島氏は「市民運営の試みは聞いたことがなく、画期的」と述べた[22]

 

 

 

 

4.発見事項と考察

 本稿では、カナディアンワールド企画立案、経営不振と閉園、閉園後に地域住民有志が振興会を結成し、クラウドファンディングで予算を集め、再建に挑戦している過程を考察し、次の点を発見した。

 第1に、芦別市が脱石炭プロジェクトの一環に挙げた「星の降る里ワールド整備事業」の事業主体の第三セクター「星の降る里芦別」の社長を東田耕一・芦別市長が務めた。70億円を予算に、最初星と宇宙をテーマに科学と芸術、次にウォーターパーク、カナディアンワールドと企画が変わり、規模を縮小した。市の関係者は東急エージェンシーに振り回されたと感じたと言う。三井芦別炭鉱跡地の開発なので、産業基盤整備基金が出資対象プロジェクト第一号として2億円を出した。設計と全体の修景工事を受注したのは日揮という横浜みなとみらいに本社を置く大手企業である。芦別市のプロジェクトだが、東京などで成功している実績ある人や会社に依頼するので、北海道に還元される部分はあるが、東京などの優秀な人材や大企業が儲かる構図である。

 第2に、カナディアンワールドの総責任者に、東急電鉄で35年間、大阪万博、横浜博など各種イベントを手がけた人材が抜擢された。カナダとのパイプが太くなり、バックアップしてもらえることになった。当時、世界の中で日本経済だけが絶好調、欧米は不況、アジアは経済発展前であった。カナダにとって日本とパイプが太くなるメリットがある。民間企業に慣れている東急社員にとって、民間企業と地方自治体で仕事の方法、考え方が違うことを経験した。産炭地の観光振興という目的、方向性が分りやすくやりやすかった。

 第3に、バブル期の1990年に開業し、第一期工費52億円も集客が振るわず、初年度30万人目標が20万人となった。30万人かつ見込みの客単価であれば運営可能となる。見込みの客単価より低いケースである。1993年12月には累積赤字28億円となり、社長辞任、芦別市長が社長を兼務することとなった。辞任した松井社長は前芦別市助役で、1991年7月に東田前社長の後任として社長になった。市の第三セクターなのでトップマネジメントはテーマパーク、レジャー施設のプロではなく、市役所で出世した人である。大阪のUSJも大阪市の第三セクターとしてスタートしたので、初代社長から第4代社長まで大阪市の助役など出世した人の天下り人事であった。経営危機に陥ったため、USJの第5代社長はアメリカのユニバーサル社から派遣されたアメリカ人男性である(中島, 2014,132-134頁)。市との交渉役などを務めるため、必要な人事である。エンターテイメントの企画や制作、営業、広報はそのプロに依頼する。

 第4に、1994年に約62億円の債務を抱え、市が金融機関に対して3.5億円程度、20年間返済することを提案した。しかし実際は毎年1.7億円を返済している。毎年3.5億円の返済に耐えられなかったようである。三井芦別炭鉱閉山で人口7.5万人が1.2万人に減少した。この人口で52億円という投資額は東京や大阪など大都市圏で10倍の520億円程度、累積赤字28億円は280億円程度、芦別市が毎年1.7億円ずつ借金返済しているのは17億円程度の負担と考えていいだろう。1997年に芦別市は赤字が続くカナディアンワールドの継続を断念し、三セクの市営公園化し、従業員(市からの出向を除く)10人全員を解雇した。市営公園化しても年間約5000万円の維持費を追加負担する必要があった。しかし、振興会が運営すると、年間150万円の維持費である。この極端な差額はなぜ生じるのだろう。

 第5に、2007年に第三セクターを清算することとなった。清算とは倒産ということである。清算して市などが債務返済を代行し、金融機関が金利を減免することで合意した。市は三セクの債務のうち324600万円を損失補償しており、19年かけて完済する。市議会の承認を得て、全資産を市に1.7億円で売却し、市が清算する。三セクが資金を借り入れた時の金利は金融機関によって5〜7%の高利だったが、今後19年間の金利は一律年0.5%に抑える。バブル期の金利を低金利時代の金利に変えることができた。これは全国の「バブル案件」に起こることだろう。

 第6に、2019年に存続を希望する地域住民と既存のテナント入居者がカナディアンワールド振興会を結成し、市議会で承認された。振興会は110万円を得るためのクラウドファンディングを行ない、254万円を獲得する快挙となった。クラウドファンディングに失敗したら借り入れする覚悟だったことから、非常に本気と分かる。振興会メンバーは農家、エステティシャン、経営者など時間の都合がつきやすい職業の人が多いようである。振興会長の俵政美氏は登別市生まれ、72歳、バーコードリーダー製造販売会社を起業し成功させた。経営学的には「異業種からの参入」と表現されるところであるが、俵氏の会社と無関係の事業で、なおかつおそらく無給のボランティアなので俵氏の会社の多角化ではない。老朽化した施設を市内の工務店に格安で外壁加工を発注し、格安で作業してもらった。地元の人脈でできることである。東京の大きい会社の有能な人材を呼んでくるとこのようなことはないだろう。

 第7に、振興会メンバーは10人ほどで、園内の美化は自分の店を中心にできる範囲で行う。人や資金の不足で草刈りに手が回らず、園内に草が茂り、野花が咲いていた。でもそこが評価された。塗装は剥がれ落ち、赤錆びて、使われていない金属製の遊具などが残されている。ところが、新しい施設に無い独特の物寂しさに魅力を見いだす都市部からの客も多い。俵会長は、古びたことで、模倣しただけでは出せない、本物のアンの世界に近づいたと言う。ウォルト・ディズニーの方針で、ディズニーランドでは閉園後、毎晩大掃除をする。経費が極端に異なる。ディズニーランドと異なるコンセプトにして、直接比べられないことが重要である。

 

5.まとめ

 廃墟マニアがブームである。修繕してないと塗装が剥がれ落ち、錆び、廃墟感が出る。これを好む層が一定数いる。この層から人気が出るというのは、カナディアンワールドを本気で再建したい人にとって不本意だと思うが、こういう需要も一部ある。SNSのフォロワー数の多いインフルエンサーも一部いるので、うまくいけばネット上で拡散され、知名度を上げられる。Youtuberには「光属性」と「闇属性」がいる。これをテーマパークに当てはめると、光属性が夢、ロマン、メルヘンまたは冒険などを再現した王道のエンターテイメント、闇属性が不人気で悲惨な経営状態をSNSで発信して同情を集め、集客につなげるなど王道ではないエンターテイメント、と本稿で定義する。集客に苦労し低予算で運営していることを公表して応援してもらう手法である。この手法は佐賀県の「メルヘン村」も使っている。他にもあるだろう。

 筆者は2021年11月にメディアの取材を受けた。そこで言ったことがなぜか中部経済新聞に載っている。転載されたのだろう。もっと詳しく述べるとこうなる。

 バブル期に大量生産されたテーマパークを「バブル案件」と中島は定義している。この頃、テーマパークといえば、TDLしかビジネスモデルが無かった。初期投資額が大きいため、集客数や客単価を大きく設定し、開業するとTDLと極端に実力が異なるのに、一日券はTDLの料金に近い。そうすると客は「1回だけ来ればいい」と思い、リピートしない。これを「1回だけ需要」と中島は定義している。テーマパークは「初年度バブル」「2年目のジンクス」「3年目の経営危機」となる。「1回だけ需要」のため「初年度バブル」が起こる。2年目に大幅に客が減り、3年目に経営危機に陥る。それ以降、大きく投資できないとリピーターを確保しにくい。施設の劣化と陳腐化は情け容赦なく進む。人為削減のニュースが出る。おそらく給与賞与カットなどもあるだろう。そうすると仕事能力と行動力が高い若い人から順に転職していくだろう。有能な人材が流出するはずである。それで低コストかつ少人数で運営することになる。「雇用される能力」を「エンプロイ・アビリティ」という。これの高い人ほど会社に問題が起こると早々に見切りをつけて転職する傾向にある。

 話を元に戻す。上記のような理由で有能な人材が流出した後、経営難のテーマパークは閉園へと向かう。そして廃墟化することがある。撤退費用は高額である。撤退費用を出せるならアトラクションやイベントに追加投資できる。

 郷土愛とカナディアンワールド愛のある地域住民がこのような活動をして活性化してくれることは、2004年からテーマパーク研究をしてきて初めて聞いた。非常に画期的である。是非とも成功させてほしい。この地域の経済活動を活発にしてほしい。1年目に成功して新聞に載るなど注目されたから2年目にテナント数が増えた。人気が出てくると参加者が増える。勝つサイクルに入った人(会社・テーマパーク)がさらに勝つサイクルに入る。逆もまた然りで、負けるサイクルに入った人がさらに負けるサイクルに入る。

 政策提言として次のことが言える。市民公園になってから、イベントなどを中止して街並みと飲食店だけになった。振興会はコンサートやプラモデルの展示会なども催すと言う。遊具が無いなら、美術館と再定義し、美術館好きを集客したらどうか。ハウステンボス(長崎県)はオランダの建物と風景が広がっている。創業社長は大の美術館・博物館ファンである。ハウステンボスは大手旅行代理店HISに買収され、アトラクションやイルミネーションが追加された。カナディアンワールドはアトラクションに回す資金が無いならエンターテイメント性ある美術館としたらどうか。プロジェクションマッピングやLEDのイルミネーションは華やかなのに低コストで可能である。またYoutubeで取り組みの様子を発信したらどうか。

 

<参考文献>

・中島 恵(2014)『ユニバーサル・スタジオの国際展開戦略』三恵社

 


[1] カナディアンワールド振興会「赤毛のアンの世界を模したカナディアンワールドを存続させたい!」2022年2月18日アクセスhttps://readyfor.jp/projects/canadian-world

[2] 1988/04/21 日本経済新聞 地方経済面 北海道1頁「「赤毛のアン」カナダを専現、芦別の「星の降る里」事業計画――安定運営狙い変更。」

[3] 1988/11/09 日経産業新聞16頁「日揮、19世紀のカナダの町作り受注――北海道芦別、旧炭鉱町に。」

[4] 山本浩(やまもと・ひろし)氏は昭和30年慶大法学部卒。東京都出身、57歳。

[5] 1990/07/10 日本経済新聞 地方経済面 北海道1頁「カナディアンワールド経営の星の降る里芦別専務山本浩氏――内陸型観光地(指定席)」

[6] 1991/08/17 日経産業新聞10頁「カナディアンワールド――芦別市、入場者数伸び悩む(テーマパーク街・人)」

[7] 1994/01/19 日本経済新聞 地方経済面 北海道1頁「星の降る里芦別、松井社長が辞任。」

[8] 1994/02/15 日本経済新聞 地方経済面 北海道1頁「カナディアンワールド再建、芦別市が支援策提示――市が20年間で債務返済。」

[9] 1997/11/07 日本経済新聞 地方経済面 北海道1頁「カナディアンワールド、三セク従業員を解雇――芦別市、市営公園化で。」

[10] 2007/06/02 日本経済新聞 地方経済面 北海道1頁「芦別の三セク、負債、市が返済――金利減免、金融機関と合意。」

[11] 2021/12/15 中部経済新聞15頁「テーマパーク、市民が守る/北海道・芦別市/「カナディアンワールド」存続/破綻も「街の灯消せない」/「赤毛のアン」の世界へ」

[12] カナディアンワールド振興会「赤毛のアンの世界を模したカナディアンワールドを存続させたい!」2022年2月18日アクセスhttps://readyfor.jp/projects/canadian-world

[13] カナディアンワールド振興会「赤毛のアンの世界を模したカナディアンワールドを存続させたい!」2022年2月18日アクセスhttps://readyfor.jp/projects/canadian-world

[14] カナディアンワールド振興会「赤毛のアンの世界を模したカナディアンワールドを存続させたい!」2022年2月18日アクセスhttps://readyfor.jp/projects/canadian-world

[15] 2020/03/27 北海道新聞朝刊地方(空知)17頁「「カナディアン」無償使用で契約*芦別市と振興会」

[16] 2020/06/05 北海道新聞朝刊地方(空知)15頁「カナディアンワールドあす開園*運営継承の振興会 交流人口拡大狙う」

[17] 2020/07/20 北海道新聞夕刊全道(社会)6頁「「アンの家」寄付で補修*芦別」

[18] 2020/08/27 北海道新聞朝刊全道(総合)3頁「<ひと2020>俵政美さん*カナディアンワールドを運営する」

[19] 2020/12/18 北海道新聞朝刊地方(空知)17頁「<2020空知 取材ノートから>3*新生カナディアンワールド*資金集め、運営 民間主導」

[20] 2021/04/22 北海道新聞朝刊地方(空知)17頁「アンの世界 感染対策徹底*「カナディアン」24日開園*芦別」

[21] 2021/06/22 北海道新聞朝刊地方(空知)15頁「カナディアンワールド 民間運営2年目*来月から営業日拡大*月、木、金は徒歩入園可」

[22] 2021/12/15 中部経済新聞15頁「テーマパーク、市民が守る/北海道・芦別市/「カナディアンワールド」存続/破綻も「街の灯消せない」/「赤毛のアン」の世界へ」