ハックニー・ピクチャーハウスの月曜割引でヴィム・ヴェンダース監督の『Perfect Days/パーフェクト・デイズ』(2023)を観た。日本では主演の役所広司がカンヌ映画祭の主演男優賞を取ったことで有名なのかもしれない。ヴェンダース監督の『東京画』は昔大学図書館からDVDを借りたとき、招き猫とか神社の御神体の強烈な映像だけ覚えており「ウーン、外国人が日本を見る時こんなところに注目するのか」と複雑な気持ちになった。なので今回の映画もその二の舞では…と少々警戒。が、予告編で東京の建築家設計らしきトイレが映されるので「これは見なければいけない映画だ」と思った。で、実際この映画が映し出す東京という街にはまだこんなに昭和的な風景が残っているのか、と印象を新たにした。でもドキュメンタリーではないので、この映画にはストーリーがある。そのあらすじは...

 

 平山 (役所広司) は東京でトイレ清掃員として働いている。 彼はシンプルな生活に満足しているらしい。 規則正しい日常生活を送り、自由時間を音楽と本への情熱に捧げている。 平山は木も好きで、毎日写真も撮っている。 予期せぬ出会いが続く中、彼の過去が徐々に明らかになっていく…

    

 誰にも知られる事もなく、黒子のように毎日公衆トイレを綺麗にする日々。主人公平山の生活が規則正しく清潔できちんとしているので、まるで修行僧の生活を見ているような感じ。でもその清廉潔白さが映画自体を清々しいものにしている。平山が夢を見ているときに表現される、コンクリートなどの壁に映る樹木の影が重なり合うシーンは気付かぬうちに日本映画で使われているらしく、建築の本ではKevin Nute著 『Naturally Animated Architecture』(2018)*で「間の表現」のひとつとして紹介されている。

 

  また、使用者が鍵をかけると透明なガラスが曇って中が見えなくなる「代々木深町小公園トイレ」は世界的建築家 坂 茂の設計で知られている。実は公衆トイレの安全面への配慮として人が内部に居ることを知らせる事が重要なのだ。他にも千駄ヶ谷駅前のコンクリートが浮遊しているかのようなサポーズ デザイン オフィス設計のトイレ**も足元が見えるので中に誰か居る事が分かる。昔公衆トイレのコンペティションに自分が応募したときは、若く人生の経験不足で安全性について全く気づかなかったことを思い出した。

 

 ほぼ2時間の映画だけれど、観終わった後で「平山さんとこの時間を共有できて良かった」と思い、自分もどこか浄化されたような気がした。先日病院で亡くなったという笑顔の爆破犯 桐島 聡氏の人生もこんな風だったのかも。池田佳代子氏の「生きるってある意味…人生棒に振る事だ」***という言葉を思い出した。「幸せって何だろう」とまだ考え続けている。

 

 

この予告編のトイレの数々を観たので、映画館に行くことにした。

最後の場面では平山の顔の変化から彼の心情を読み取ろうとしたけれど、悲しいのか嬉しいのかが入り混ざった表情で分からない。この映画にも登場した舞踏家の田中 泯の解説は説得力がある。

 

出典

* Nute, K. (2018) Naturally Animated Architecture: Using The Movements Of The Sun, Wind, And Rain To Bring Indoor Spaces And Sustainable Practices To Life, London: World Scientific Europe.

**サポーズデザインオフィスが手がけた、浮遊する公衆トイレ (2020) Casa Brutus, available at: casasbrutus.com/categories/architecture/15770, accessed on 27/2/2024. 

***デモクラシータイムス(2024) ’”戦争の落とし前をつける”とは? 内田樹の談論風発7’, available at: youtube.com/watch?v=eJ1E7NtjrNo, accesssed on 27/2/2024.