土曜日突然思い立ってHackney Picturehouseで『Anatomy of a Fall』 (2023 ジャスティーン・トリエ監督) を観た。今年開かれた第76回カンヌ映画祭パルムドールを受賞したスリラー。本来はマーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を観たかったのだが、3時間半を超える映画なので半日潰す覚悟がないと中々観に行く時間が取れないまま、ほぼ上映終了となってしまった。『Anatomy of a Fall / 落下の解剖学』も2時間半と長めなので、最も余裕がある土曜の夕方を逃す訳には行かなかった。さて、そのあらすじは…

 

   雪降り積もるフランス語圏アルプスのシャレーに住む3人家族。小説家のサンドラ(サンドラ・フラー)の夫サミュエル(サミュエル・タイス)は或る日 屋根裏部屋から転落し死亡。第一発見者は犬の散歩から帰ったばかりの盲目の息子ダニエル11歳。彼の叫び声を聞いてサンドラが駆けつけるが、唯一現場に居あわせながら、大音量の音楽が流れる中で昼寝していたという彼女の証言は誰にも信じてもらえない。更に次々に露になる夫婦が不仲であったという証拠によって疑惑は深まるばかり。そして裁判最終日に証言台に立つのは息子のダニエル。さて裁判の結果は如何に?

 

 久々に観るスリリングなサスペンス映画で最後まで有罪か無罪かの天秤が揺れ動く展開に緊張が途切れなかった。2時間弱の映画だったか?という印象。設定自体は昔観たシャロン・ストーンの『氷の微笑』(1992)にやや似て、バイセクシュアルの女性作家が殺人罪の疑いをかけられるが、彼女の作品と実際に起きた殺人事件の類似性が徐々に明らかになる。ただし、サスペンス映画と言っても場面の殆どは死亡現場の自宅シャレーとグルノーブル裁判所なので、裁判映画と呼んでも良い。さらにこの映画では、キーパーソンが交通事故で盲目になってしまったダニエル。4歳時の事故で家族関係が崩壊。以降サンドラは息子を迎えに行かなったサミュエルを責め、彼は後悔の嵐に苛まれる。構成は案外シンプルで、サミュエルは自殺なのか、サンドラに殺されたのかの二者択一。それでもダニエルの証言が真実なのか、虚偽なのか最後の最後まで分からなくて振り回される。


 昨年イタリア語圏アルプスに行ったときも感じたのだが、木造建築のシャレーは3,4階建てなので2階建てが殆どの日本の木造家屋に比較するとかなり巨大。しかも映画内の屋根裏部屋の断熱材はグラスウールらしき素材だったので、積雪地方の木造建築の寒さ対策に適するのか疑問だ。この家族はお金に困っていたせいかもしれないけれど。更に屋根裏の壁は木材間に隙間だらけで凄く寒そう。おまけにロンドンの大学で教えていたサミュエルはなかなか本が書きあがらないスランプに陥っているのだが、今の自分の状況と似ていて酷く同情してしまった。ダニエルが弾くイサーク・アルベニス作曲の「アストゥリアス(伝説)」もたどたどしい演奏ではあるのだが、印象的 (Youtubeビデオを添付する)。サミュエル死亡時に流れていた大音量の 」やエンディングのショパン作曲前奏曲第4番 ホ短調 Op.28-4などサウンドトラックも忘れがたい。あらゆる面に渡ってほぼ完璧な映画。

 

日本語字幕付き予告編。フランス語が完ぺきではないサンドラが表現に詰まると英語で話しだしてしまう場面は同情を禁じ得ない。

 

ギターの編曲版の方が有名だが、映画内ではダニエルのイライラ感と上手く同調していた。