先週のリサイタルには大家さんの友人の他彼女の連れが二人いたので、私を含め合計4人。一人は英国人のご近所さん、もう一人は若いイラン人で今難民申請中だと言う。うちの学生と見た目あまり変わらないので20代だろう。実際去年マンチェスターでとったマネジメントの修士号が2個目の修士だとか。友人とは教会繋がり、つまりムスリムではなくクリスチャン。たぶんムスリムが大多数を占めるイランでクリスチャンであることは生命の危険に晒されていることになるので難民申請に大きく響くだろう。しかも修士号二つもポイントが高い(永住権申請でも修士号は10ポイントだったような記憶がある)。 英国政府の立場から見たら将来にわたってきちんと税金を納めてくれそうな目論見がたつわけだ。ロンドン西部選出の大臣に難民申請のサポートをお願いできるので、申請が受理される確率が高いという。自分の永住権申請時も地元選出の有力労働党議員に手紙で陳情し、ビザ発行を早めて貰ったので、大臣からのサポートはもっと強力だろう。

 

  イギリスではビザが切れた後でも次のビザを申請している場合、観光ビザ同様普通に生活できるようだ。で、ビザが却下されたり難民認定されなかったら14日以内に国外退去だとか。しかし、イラン人の彼の場合はイギリスでの修士号取得後確か2年は延長ビザが出るので、あと一年は就労も可能。とはいえ実際永住権などある程度の長期ビザがないと就職ではハンディキャップになる。正式な難民認定が受理されていない状況ではマネージメント修士を活かす職に就くのは難しいらしく、今は額縁制作の工房で働いているらしい。それでも、イランに居続けるよりはマシなのでは。数年前にイランからの留学生が書いたエッセイによると、街としてインフラが崩壊しているので、ごみ収集がなかったり、破壊されたモスクが修復されなかったりで、普通に生活することが困難である、とのことだった。それでも子供達を授業料の高い英国に留学させることができる家庭はかなり裕福だ。実際に言葉には決して出ないけれど紛争国から来た留学生たちは「他国に永住してもいいからともかく生き延びて欲しい」と願う親御さんの気持ちが痛いほど伝わってくる状況にある。

 

  イラン人の青年はバイオリンを弾くのでの大家さんの友人はヴェンゲーロフの演奏をみせたかったらしい。バイオリンの演奏は長い間中断していたけれど、ロンドンに来てチャリティーショップで20ポンド(約3000円)のバイオリンを買ってから練習を再開したとか。難民申請中なんて永住権ビザの申請以上に不安定で気持ちも落ち着かないし、国による圧力を強烈に感じさせられる時期なので、全世界共通言語であるクラシック音楽で心を浄化するのはいい。「バイオリン奏者であるあなたの目から見るとヴェンゲーロフの演奏のどこに特徴があると思う?」と訊いたところ「彼の演奏はナラティブがくっきり鮮明なところが素晴らしい」という。「あれほど弾ける奏者はそうそう居ない」とか。ヴェンゲーロフの演奏は辛い立場にある人々の心をも十分に癒してくれるものだったろうと思う。

 

ヴェンゲーロフがアンコールで弾いたプロコフィエフ作曲マーチ