クリストファー・ノーラン監督、話題沸騰中の映画『Oppenheimer / オッペンハイマー』(2023)をRio Cinemaで観た。実は先週月曜日友人とHackney Picturehouseの大スクリーンでこの映画を観ようと最終回開始一時間前に行ったところ、目の前で全席売り切れになり大後悔したばかり。この映画とグレタ・ガーウィグ監督の『バービー』(2023)が今大人気で事前にチケットをオンライン購入しないと当日映画館では席がとれない。「月曜日は数人しか客が居ないのが普通」のロンドンの映画館で昨日は満席。こんな状況はいまだかつて記憶になく、驚いている。Facebookでも評判が高く「大スクリーンで観るべき」と何人もが主張しており、しかも「可能ならばIMAXでの観賞を勧める」とも。しかし、サウスバンクのロンドンIMAXは8時から始まる早朝回を除くと8月末まで満席だったので、諦めざるを得なかった。「映画は3時間、でもそれほど長く感じない」という感想も多々あった。更に今晩発行されたイヴニング・スタンダードによると『バービー』と『オッペンハイマー』の同時上映でロンドンの映画館は史上最高の収益を記録する見込み*だとか。さて、そこまで人気の高い映画のあらすじは…

 

 第二次世界大戦中、レスリー・グローブス・ジュニア中将 (マット・デイモン) は物理学者のロバート・オッペンハイマー (キリアン・マーフィー) を極秘のマンハッタン計画の長に任命した。オッペンハイマーと科学者チームは何年もかけて原爆を開発し設計する。彼らの活動は 1945年7月16日に結実し、歴史の流れを永遠に変える世界初の核爆発を目撃する。(Rotten Tomatoから翻訳)

 

 映画館は満席だったのに、映画が終わった後は暫し沈黙が続いた。ズシーンと重い石が胸につかえたような感覚。で、最初の感想は「できる限り多くの人にこの映画を観て欲しい」だった。今もウクライナ戦争でいつ何時核兵器が使われるか分からない以上、映画は遠い歴史上の話ではなく、現在進行形だから。上映時間が3時間と長いけれど、展開が早いので話について行くのがやっと。だから、時代背景を調べてもう一度観ないと全体像を把握できそうにない。ただし、映画の中で広島・長崎の原爆投下あるいはその後の映像は皆無で、そのドキュメンタリー映画を観る人々が映されるだけ。この描写は賛否両論だろうけれど、すでに十分重い映画なので、これ以上観客が受け止めるのは無理と判断したか。一方、一緒に行ったイタリア人の友達とは「アメリカってこういう国よね」と意見が一致した。南イタリア出身の彼女の話によると「第二次大戦時アメリカはイタリアへ解放軍として来たのではない」と言う。実はイタリアは当時ナチスドイツの占領下だった(!)のだが、アメリカによる爆撃はナチ本拠地がある北部ではなく、一般市民が住む南部を標的にしていたとか。この意味が分からない攻撃はイタリアでも南部の人々以外には知られていないらしい。自国の軍事産業を潤すためだろうか? だとしたら今も彼らがやっていることはあまり変わらない。

 

 ところで、オッペンハイマーの人生は同じ第二次世界大戦で活躍した『イミテーション・ゲーム』のアラン・チューリングと重なる部分が多い。両者とも第二次世界大戦でそれぞれの自国を救った英雄と一旦は祭りあげられるが、その後の人生は暗転。チューリングの場合、当時イギリスでは同性愛が犯罪だったため、逮捕されその矯正のためにホルモン治療を受け、最終的には自殺してしまう。共産党に近かったオッペンハイマーは水爆に反対したためソ連のスパイと疑われ、公職を追われるがその経緯は映画でも表現されている。一方、個人的に一番心に刺さったのは何故原爆を日本の二都市に落とすべきか、をグローブス中将が説得する場面。「原子爆弾一発では日本は止まらない。二発目で二度と立ち直れないようにするしかない」という内容の台詞だった。恐らくのちに『菊と刀』として出版される戦時情報局の報告書を熟知していたのだろう。非合理的な政策が何故か止まらない現状を鑑みても、やはり日本側もあまり変わってないことを突きつけられ、暗澹たる気持ちになった。

 

 驚いたことに日本でこの映画の公開日は未定だとか。ロードショーで公開しないとなればいずれNETFLIXやAMAZON PRIMEなどで配信される訳で、結局彼らの「思う壺」では? 最後にクリストファー・ノーラン監督の視点はかなり離れたところにあるので、映画自体を不快には感じなかったことを付け加えておく。

 

* Davidson, Tom (2023) "Barbenheimer experience may break opening weekend box office record," Evening Standard, 1/8/2023, p.11.

 

予告編 白黒は他者の視点から見た場面、カラーはオッペンハイマーからの視点。この原則を知らないと観ていて混乱する。

 

町山さんの解説を聞いて自分の間違いを発見!記事は訂正済み。