British Film Institute(BFI)で開催中の黒澤明特集第二弾として観た映画は『8月の狂詩曲(ラプソディー)』(1991)。内容も確認せずに単に日時の都合が良かったので行ったところ、前回の『生きものたちの記録』と同様テーマはまたしても原水爆で「長崎の原爆」に関する話だった。ただし、今回は大画面のCINEMA1だったので客席数が多く当日券が購入できた。連続でこの二つの映画を観てつくづく黒澤監督は自身の国際的な名声を利用しつつ「何としても後世に被爆体験を伝えなければ」という使命感が強かったのだろうと感じた。あらすじは…

 

 1945年長崎原爆投下で夫を亡くした年配の被爆者カネは夏休みの間、4人の孫の世話をしている。ハワイに長く住んでいて記憶にもない兄鈴次郎が病で死を覚悟し、どうしても会いたいと思っていることを知らされるが...

 

 カネの自宅に泊まる東京から来た孫たちが、カネの代理としてハワイを訪問した息子(井川比佐志)と娘(根岸季衣)が鈴次郎に面会した、という手紙を受取る場面から物語は動き出す。実は鈴次郎はハワイのパイナップル生産で大成功しており、世界中で缶詰を販売する大金持ちなので、子供や孫たちは浮足立つが、カネは面会を拒否。夫を殺した原爆を落とした国アメリカに帰化した兄に面会したくない、という心情がカネの頑なな態度の影に潜んでいる。鈴次郎の息子クラーク(リチャード・ギア)がカネの説得するために長崎を訪問。アメリカを代表してカネに謝罪し和解を提案する。

 

 映画としては冗長でテンポも遅く、クラークを通して擬人化したアメリカも良い人すぎな感じがした。長崎に実在するアメリカ以外の各国から送られた彫刻の慰霊碑や、熱風でひしゃげた鉄製のジャングルジムなど原爆を非難しつつ教訓のように映される。でもそれ以上の深い描写は避けられているので、隔靴掻痒の感もあったBFIで配られたA4の紹介文に指摘されているように主人公は老人、世代が異なり老人に翻弄される家族、海外からの訪問者など 『生きものの記録』との共通点は多い。しかし、『生きものの記録』で観客に突きつけられる「それでも貴方はこの原水爆実験に目を覆ったままでいるのか」という直接的な質問の方が強烈で胸に迫る。カネが住む長崎郊外の民家の造形やその使い方はうまく表現されていると思うけれど。

 

当時人気絶頂だったリチャード・ギアは通常より大幅に安い出演料でこの映画に参加したとか。