1ヶ月半ぶりに映画館に行き『All That Breathes/ オール・ザット・ブリーズ』(2022、シャウナク・セン監督)を観た。先月中旬に咳が出る(コロナは陰性な)のに友人と南アルプスの山登りに行って以来風邪を拗らせ、レントゲンには何も出ないのに咳の発作があるので、予定していた知人出演のコンサートもキャンセル。映画も機内映画以外ずっとご無沙汰だった。で、漸く日中は咳の発作が出なくなったので地元ハックニーピクチャーハウスで上映中の映画を探したところ、「カンヌ国際映画祭とサンダンス映画祭のドキュメンタリー部門で初の同時授賞」というこの映画が目に止まった。何しろ予告編(下記参照)が面白い。鳶が眼鏡を盗んだり、猛禽類の立ち姿が凛々しかったり、お風呂に入れられた鳶が気持ち良さそうに目を瞑っていたり。やたらに生物が湧いてくるインドの都市の自然にも圧倒される。さてあらすじは…

 

   世界で最も人口の多い都市デリーでは、牛、ネズミ、サル、カエル、豚が、人々と肩を寄せ合って生活している。街では二人の兄弟がブラックカイトと呼ばれる鳥(鳶)に魅せられている。小さな地下室にあるその場しのぎの鳥病院で、「カイト ブラザーズ」はニューデリーのスモッグに覆われた空から毎日落ちてくる何千匹もの魅惑的な生き物の世話に明け暮れる。環境の毒性と社会不安がエスカレートするにつれ、イスラム教徒のこの家族と他の人間からは無視された鳶との関係は、崩壊する生態系と高まる社会的緊張下で、詩的な日々を創りだす。(IMDbより翻訳)

 

 自営業の地下石鹸工場?の片隅で毎日毎日数十羽に及ぶ病気や傷ついた鳶たちを治療し大自然に帰れるようになる迄世話を続ける兄弟に対し、次第に神々しさが感じられてくる。実は街郊外のゴミ処理場の上を飛ぶ鳶たちが最終的に何トンもの生ゴミを消化してエコシステムを回していると言う事実にも衝撃を受けた。(日本では鳶ではなくカラスかも。) 題名の『All That Breathes』は映画の中のセリフで「人は息をするすべての生き物(All That Breathes)を区別するべきではない」という兄の意見から引用されたもの。「肉食の猛禽類は治療しない」と言うプロの獣医師に反発して「Wildlife Rescue病院」を設立した兄弟の矜持が含まれている。また彼らの家族はヒンズー教徒が多いインドの都市に住むイスラム教徒。もしかするとイスラム教徒が主たるパキスタン出身なのかもしれない。だから、映画の中で両国間の軍事的緊張が大きな意味を持って家族にのしかかって来る。政府反対派が彼らの住居の近くで焼き打ちを始めた時には、兄は家の前で寝ずの番。その上、デリーは雨季になると毎年のように浸水するらしく、下水が家の中にまで入ってくる(伝染病の発生もあるかも)。ともかく何十羽もの鳥の世話をしながら毎日生活を続けて行くのがとても大変なのだ。(インドでのインフラ不整備の例としては家にトイレが無いため遠く離れた公衆便所まで夜中に歩いて行く途中に女性は襲われる危険性があるとか。)それでも街中で沢山の動物が人間と共存生活していることに驚く。インドを旅すると人生観が変わると聞くが、この映画にも脈々と流れるインドらしい生命観が語りの骨格を形成しているので、物凄くパワフルな映画になっている。多分これから先もずっと忘れられない、都市に関するドキュメンタリーの名作。

 

 予告編 デジタル世代のサリークは二兄弟の助手