ドルストンにある独立系映画館 Rio cinemaでシリアの公的文書捏造に関するドキュメンタリー映画『Forged』(2021)  を観た。『For Sama / 娘は戦場で生まれた』(2019)や『シリアにて / Insyriated 』(2017)などシリアに関する映画をいくつか観て背景は少し知っているつもりだったが、この映画で「戦争(内戦を含む)で自分の存在を証明する文書(ID)を失うことがある」ことに改めて気付かされた。つまり、日本で言えば戸籍や住民票などを戦火で失った人々の話。更に結婚証明書や出生証明書も無いので、いざ海外に移住しようとしてもパスポートが発行できない。また、大学などの教育成果の証明書もない、または発行されても暫定政府の証明書では国内でさえも有効と扱われない、その結果就職ができないなど様々な問題が生じているのだ。

 

  映画は国内外で生活するシリア人ののっぴきならない状況と証明書の偽造者とのインタビューで構成される。元々自分の存在を証明する書類を持ったことがなかった60代女性、IDがないので国内の難民キャンプに家族と共に閉じ込められている男性、夫はパスポートがあるけれど、妻との結婚証明書も生まれたばかりの娘の出生証明書がないから海外に出られない若夫婦、大学が途中で無くなってしまい、その卒業証明書がないために無給の小学校教師を続けることが困難な青年、隣国レバノンの難民キャンプで生活する子沢山の母親、そして困っている彼らを手助けする偽造文書屋などを映し出す。レバノンに逃れた母親の場合だけ出産後シリア大使館に出生届を出すことで問題なしに出生証明書が発行できる状況は、かえって皮肉。事態を複雑にしているのは、アサド大統領派の現政府とは別に暫定政府が設立され二つの政府が存在すること。この映画の出演者は皆暫定政府を支持しているのに、その政府が発行する文書は海外は勿論のこと国内でさえ効力がない。一方、現政権が発行する文書はいずれも1000米ドル以上と高額で彼らには手が届かない。酷い話だ。だから映画の題名は『Forged/偽造』というわけ。

 

 でも、戦争で公的文書消失という事態は今もウクライナの各都市で起こっているし、数世代前の日本でも珍しいことではなかった。実際、相続用に親族の原戸籍を集めた際に「(東京大空襲で)区役所消失のため、戸籍の原本は存在しない」という書類を受け取ったことがある。また、話は飛んで公的文書発行に潜む権力について最近気づかされたことがある。先月英国ビザの代わりとなったBiometric Cardの更新時、指紋の採取と必要書類の提出するだけなのに、朝イチの予約で無料の時間帯が取れるのは2ヶ月先で、それ以前だと80ポンドから数百ポンド余計支払わなければならない、というぼったくりシステムに無性に腹が立った。おまけに当日必要書類に挙げられていた永住権獲得後のパスポートを提出したところ「これ以前のパスポートはないのか」と予想外の質問をされ、血の気が下がった。無事更新できたので、どうも検査官による意地悪か、あるいは必要書類を把握しているかどうかのテストだったようだが、移民の立場の弱さを痛感させられた。

 

 映画の後で共同監督Ali Al Ibrahim & Lauren Anders Brownの一人であるアンダース=ブラウンさんとの質疑応答が用意されていた。Rio Cinemaの会場はスクリーン1(384席)だったが、観客数は恐らく20人弱。でも、質問はひっきりなしだった。私の質問は、出演者が全員現政権のことを「システム」と呼び、暫定政府のことは文字通り「temporary government」と呼ぶが、その背景は?「システム」とは如何にも非人道的な響きがあるけれど…?アンダース=ブラウン監督によると「シリア人が現政権を自分たちの政府と決して認めないことの表れ」とのことだった。監督の大きなイヤリングは彼女のUSAパスポートを切り裂いて作ったそうだ。下記Global Health Film のサイトのVimeo討論でも見ることが出来る。

 

 

英語版予告編 大変な状況下にも関わらず、女性たちの晴れやかな笑顔で救われる映画。