タワーブリッジ近くの新劇場Bridge Theatreでレイフ・ファインズ主演の演劇『Straight Line Crazy 』を字幕付きで観た。ニューヨークを形づくった人物として有名なロバート・モーゼスの話。彼と敵対するコミュニティ重視のジャーナリストは『アメリカ大都市の死と生』で名高いジェーン・ジェイコブス。一見モダニズムのデザインの特徴である直線だけを否定するかのようなタイトルだが、その影にある人種差別、女性蔑視、スラムクリアランス、アメリカの車至上主義 による公共交通機関の未発達など様々な問題を提起する筋書で強烈な批判を含んでいる。あらすじは…

 

   若く有能な官吏だったロバート・モーゼス(レイフ・ファインズ) はニューヨークを新時代の都市として車を中心とした新しい秩序を創造すべく躍起となっていた。大手自動車会社フォード社が従業員の労働時間を週40時間迄と定め、土日は家族と共にレジャーを楽しむという新生活を推進する社会背景(後にグラムシがフォーディズムと命名)も彼を後押しした。しかし、20年ほど経ちモーゼスが気付かぬうちにコミュニティは彼が提案する住民無視の計画に辟易とし、新高速道路の建設に対し強烈な反対運動が起こり始める。モーゼスは時代に追い付けず、部下の若い黒人女性プランナーの言葉に反発するようになっていく…

 

  台詞が分かりやすいように、字幕付の公演日を選んだ。お陰でいつもより早く登場人物の名前や時代背景が分かって助かった。ただ、今回初めて劇中同時並行で字幕を見せる難しさに気づいた。俳優が演技するタイミングに字幕が合ってなければならないので自動的に字幕が流れる映画と違う。字幕を流す人が現地に要るのかも。でも、舞台の側面に座る観客にとっては横目で字幕スクリーン見ながら舞台を見るのは困難が伴う。字幕スクリーンと舞台が同じ方向に設置されていれば問題なかったのに(写真)。

 

 この劇の凄さは物語の底に深い洞察が隠されていること。平田オリザ氏が「劇作家というのは個別の事象ではなく、もっと普遍的なものを書かなければいけない」*と言っているように、この劇にも普遍的な部分が多くある。例えばネタバレになるけれど、モダニズムには、大量生産大量消費への盲目的な信頼、ダイバーシティの否定、優性思想など昨今推奨される価値観と真逆の方向性が伴う。モーゼスによる各々のプロジェクト(事象)だけでは気が付かない事を、終盤でどんでん返しのように彼の腹心の部下が暴露していく場面は、まるで推理小説の結末であるかの如く引き込まれた。舞台終了後は観客総立ちのスタンディングオベーション。近年観た演劇の中では最高の出来だったと思う。

*:https://www.asahi.com/sp/articles/ASQ4Q6TT5Q4LULEI00Q.html

 

   ところでブリッジシアターは2017年開場、公共建築や劇場などが得意なHaworth Tompkins Architectsの設計。四角い舞台を三方から座席が取り囲む形式はあまり見慣れない。しかも座席は動いて舞台の囲み方も変わるらしい。カフェも兼ねるフォイヤーが広々して特徴ある照明器具と木を使った落ち着いた色合が印象的。ロンドンの劇場は入口付近が狭苦しい建物が多いので余計に新鮮な感じがした。『Straight Line Crazy 』 は2022年6月18日迄。

 

 

予告編

 

主演のレイフ・ファインズ      Bridge Theatre 入口
字幕スクリーンは正面に二箇所。建築模型が舞台奥に。
Washington Square Park開発への反対運動を図面で表現