BBC iPlayerで『ミレニアム: ドラゴンタトゥーの女 シリーズ』(2009)のスウェーデン版を初めて観た。ハリウッドのリメイク版二作は見たことがあったけれど。全6部作各1時間半なので見ごたえ十分。特に主役の天才ハッカー リスベット(ノオミ・ラパス)と事件を追うジャーナリスト ミカエル(ミカエル・ニクヴィスト)などの配役がスウェーデン人なのでより相応しい、現地での撮影なのでスウェーデンの街並みが映される、などの点で、リメイク版より断然面白いと思った。しかし、今回特に目を開かされたのは、この物語はスウェーデン社会の女性差別やジェンダー差別を鋭く批判したものだと言うこと。リメイク作品を観た後にモヤモヤ引っかかって、原作本まで買ったのは(英語版なので途中で挫折したが)こうした背景があったからか、と今頃気が付いた。10年以上前の話とは言え、北欧諸国は世界で有数のethics(道徳規範)先進国だと思いこんでいたし、ハリウッド版ではその国独特の背景が薄れてしまっていたらしい。さて一作目のあらすじは…

 

 40年前、10代の少女ハリエット・ヴァンゲルはヴァンゲル一族が所有し生活する孤島での会合から忽然と姿を消した。遺体は発見されなかったが、伯父のヘンリックは殺人を疑い、絆は強いが人間関係は崩壊している一族の中に犯人が居ると睨んでいる。そこで彼の弁護士はハッカーのリスベットに「問題あり」のジャーナリスト ミカエル・ブルンクヴィストに関する調査を依頼し、その結果に満足したヘンリックはミカエルを島に招いてハリエットの行方を捜させる。ミカエルとリスベットは40年以上前の連続殺人事件とハリエットの蒸発との関係を洗い出し、家族の暗く恐ろしい過去を明るみにし始めたところ、自分たちの身の安全をも脅かされてしまうのだった(IMDbより翻訳)。

 

 如何に社会的に成熟して見える北欧諸国と雖も、女性や子供に対する虐待は存在している。日本でも作家の桐野夏生は作品の中で社会システムやジェンダー問題を告発しているが、ミレニアムシリーズは男性作家であるスティーグ・ラーソン(故人)が実態をえぐりだしている。「随分洞察力の鋭い人だ」と驚いたので調べたところ、ウィキペディアによると、シリーズ全般にわたり女性蔑視と暴力が主題なのは「著者が15歳のころ友人と行ったキャンプで、一人の女性が友人達に輪姦されているところを目撃していながら、何もせずその場を逃げ去ったことに由来する」とか。後日彼女に謝ったが拒絶され、以来彼は罪悪感に苛まれてきたという。彼女の名前が「リスベット」なのだ。

 

 映画は全般にわたってリスベットを軸に男女あるいは医師と患者、保護者と被保護者の力関係を描き出す。その中でちょっと異色に見えるのはミレニアム社の社長エリカとミカエルの愛人関係。ミカエルが独身(バツイチ)なのはこの愛人の影響なのだが、親類縁者の集まりで「こんなにハンサムなのに何で独身なの? 誰かいい人はいないの?」と訊かれる。ミカエルは「いるけど、その人は既に結婚しているので」と普通に答える。普通に堂々と言えること自体が驚き。どうもスウェーデンもイギリスに近くて、本人同士とその家族が容認していれば、不倫もありということらしい。そういえば、英国元保健相のマット・ハンコックも大学時代のガールフレンドを仕事のパートナーに抜擢したが不倫が暴露されて辞意を表明した。とはいえイギリスでは不倫も相手と結婚してケジメをつければ許される模様で、二人は結婚を発表して事態は収拾。

 

 でも実は不倫でも力関係が影響している。イギリスの小説では妻が不倫しているのを知りつつ耐える夫がよく描かれる (例えばグレアム・グリーンやジョン・ル・カレの作品) けれど、その場合妻は夫よりも階級が上の場合が多い。この映画の中でも実は出版社社長のエリカは上流階級の出身なので、状況は似ている。金や権力を持つものは持たないものを黙らせることができる。あるいはそれだけ彼女が魅力的だとも言えるけれど。ところで日本で不倫がまるでイギリスのヴィクトリア朝時代のように責められるのは、罪の重さが二倍だからだと思う。不倫した罪のみならず、当時と同様日本は女性の地位が低いので不倫された妻は離婚後に生活困難に陥ることが多々あるから。まだ、シングルマザーへの国の保護が充分だったら、生活困難も軽減されるのに...

 

第一作の予告編

二作目と三作目の予告編