地元ハックニー・ピクチャーハウスで『The Northman』(2022)を観たのはまだ4月だった。エッセイの採点や修士論文のフィードバックであまりに多忙だったのと、この映画の前に観ていた日本のアニメ『ヴィンランド・サガ』の方が面白かったので、なかなかブログに書く気が起こらず、半月経ってしまった。実際にこの映画を観ようと思った動機は、ノルマンディー公ウイリアムのイングランド征服(1066)以前にイギリスに来たヴァイキングを描く『ヴィンランド・サガ』から丁度数代くらい遡った時代を描いているから。しかもこの映画はヴァイキングらの子孫にあたる北欧やアイスランドの関係者が多い。アイスランドの歌姫ビョークも預言者役で出演しているし、監督のロバート・エガースは米国人だが脚本はビョークの歌詞を手掛けるアイスランド人作家ショーンと監督エガース、主演はスウェーデン出身のアレクサンダー・スカルスガルド(ハリウッド映画にも出演が多いステラン・スカルスガルドの息子)といった具合。なので、御本家はこの時代をどう表現するのか興味があったのだが…ちょっと想定外だった。シェークスピアの「ハムレット」のモデルとなったスカンジナヴィアの伝説上の人物アムレートを主役とする、そのあらすじは…

 

 10世紀頃、ヴァイキングの王子アムレートは、父親オーヴェンディル王(イーサン・ホーク)を叔父フィヨルニル(クレス・バング)に殺され、母グードルン(ニコール・キッドマン)が彼に連れ去られるのを目撃し、自身もボートで何とか逃げ延びる。後年凶暴な兵士ベルセルクとなったアムレートは復讐心に燃え、叔父の領土に奴隷として潜入するが、叔父の妻となって彼らの息子と幸せそうに暮らす母を目撃して衝撃を受けるのだった…

 

 予想外だったのは、10世紀頃のアイスランドをかなり原始的社会として描いているところ。ハリウッド映画だから時代考証はあるはず、と調べたところ、Time誌によればヴァイキング史を専門とするスウェーデンのウプサラ大考古学教授ニール・プライスが監修し曰く「ヴァイキング時代のことはほとんど分からない」とのこと*。それでも映画はできる限り分かっている史実には忠実だったらしい。戦闘時に狼の遠吠えのような声をあげていた、ベルセルクたちは鎧兜はつけていなかったらしいことなど。ただ、それにしても映画の中で上半身裸で攻撃をかけるのはアイスランドという寒い土地柄を考えたら有り得ないのではないか?衣装デザイナーの好みなのか他の服装もかなり薄手だし。狼の被り物や残虐な死体による見せしめはHBOのドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の影響か。戦いの女神ヴァルキュリヤの前歯の装飾は実際にヴァイキングの墓で見つかった遺体の歯に施された彫り物を基にしているとか**。でもそれにしては、まるで歯の矯正にしか見えず興ざめだった。以上設定について映画を見ている間に疑問が湧いてきて、楽しめなかったのが残念。でも題材として北欧神話や伝説は面白いし、話の骨子は「ハムレット」、映画に映るヴァイキングの生活は人類学のドキュメンタリー風で2時間飽きさせなかった。余計なことは考えずハリウッドの娯楽映画として観ればよかったと後悔。

 

*https://time.com/6169501/the-northman-history-behind/

 

日本語版の予告編はまだないようなので、英語版