地元のインディペンデント系映画館Castle Cinemaでウベルト・パゾリーニ監督の『Nowhere Special』(2021)を観た。ガンで余命いくばくもない父親が4歳の息子を引き取って育ててくれる家庭を探す話。英国版『義母と娘のブルース』だろうと目星を付けて観に行ったものの、コメディの『ぎぼむす』よりずっと厳しい状況の映画だった。父親役のジェームス・ノートンはBBCミニシリーズの『戦争と平和』(2016)ではゴージャスなボルコンスキー公爵を演じていたのに、今回は打って変わって労働者階級のシングルファーザー役。あらすじは…

 

 35歳になる窓ふき人のジョンは、息子を出産したガールフレンドに捨てられ、家族もいないので、それ以来一人で息子を育てている。ジョンがあと数ヶ月しか生きられないと分かった時、息子マイケルを育ててくれる完璧な家庭を見つけようとするが、現実はそう甘くはなかった。裕福なアッパーミドルの夫婦は「マイケルの教育にはお金をかけます。寄宿舎学校に行かせましょう」と言うが、自分の死後心細いであろう小さな息子を監獄のような寄宿舎学校に入れるのはどうか…と悩むジョン。友人でお得意先でもある老婦人からは「もう少し私が若かったら子供もないから何とか助けてあげられたのに」と残念がられる。「もう残り時間はありませんよ」とソーシャルワーカーにも詰め寄られる。果たして、ジョンは命が尽きる前にマイケルの将来を決められるのだろうか…

 

 窓ふきをしていると家の中を覗き見ることになって、裕福な家で沢山のオモチャに囲まれた4歳くらいの子供を目撃するジョン。「こんな家庭に引き取られたら、マイケルは幸せになれるのだろうか?」台詞はないけれど、彼の気持ちは画面から伝わってくる。どうして、マイケルの母親は居なくなってしまったのか、何故ジョンは窓ふきを仕事としているのか、などの疑問も徐々に解明されていく。「4歳児にどうやって、自分の死を理解させるか」「マイケルにとって幸せとは何か」と言う難しい問いに立ち向かいながら、人生最大の決断をするジョンを応援したくなる。

 

 親子の絆が心に残って観終わった後にジーンとする映画。ジェームス・ノートンが苦労の多いジョン役をリアルに演じている。他の動画インタビューで知ったのだが、ノートン自身も病持ちで1型糖尿病を22歳で発症し、その経験は与えられた役に感情移入(Empathy)するのに役立っているという。妹さんは十代で同じく発症したけれど、初志貫徹して医師になったらしい。彼女を見て「何かができない理由を病のせいにしないと決めた」とか。次期ジェームズ・ボンド候補の一人だが、好青年で温かい感じの人なので、冷たさも要求されるボンド役はあまり向いてないかも。

 

『Nowhere Special』は地味なインディペンデント系映画で、邦題や日本語版予告編がないので日本での公開はないかもしれない。

 

英語版予告編