エッセイの採点が終わったので、BBC iPlayerでデイミアン・チャゼル監督・脚本の『セッション / Whiplash』(2014)を観た。『ラ・ラ・ランド』(2016)も視聴可能なので、BBCは今チャゼル監督の作品を紹介したいのだと思う。どちらの映画も音楽、特にジャズが主題。丁度自分も学生の作品を評価したばかりなので、映画の台詞の中で突き刺さるものがいくつかあった。あらすじは…

 

 19歳のアンドリュー(マイルス・テラー)はドラマーの頂点を目指してニューヨークの名門音楽大学に入学。ある日練習中に鬼教師として有名なフレッチャー(J・K・シモンズ)に遭遇し、彼が指揮する学内一のバンドに抜擢される。初めは喜んでいたアンドリューだが、フレッチャーが学生を罵倒して震え上がらせるスパルタ式指導に驚愕する。アンドリューも例外ではなく、フレッチャーが望む演奏が出来ないので椅子が飛んでくる始末。次第に追い詰められたアンドリューは、プレッシャーで失敗を重ね終いには交通事故に遭遇。それでも血だらけで演奏を続けようとするが、怪我でドラムスティックを落としてしまう

 

 音楽のようなパフォーミングアートの場合、学生を限界に追い込むことで覚醒させるという方式は負けん気が強く根性のある学生には有効かもしれない。元々そういう性格は演奏家として大成するには重要な要素でもあるし。ただ結果的に成功しなかった時に才能を潰してしまうという逆効果もある。建築のようにドローイングやエッセイなど作品勝負の場合は少し違うけれど、それでもクリット(講評会)では、罵倒とまではいかないまでも厳しい指摘は私が学生だった頃はあった。クリットの度に泣く子が居たものだ。学生側も実は自分が何をやっているのか解っていないことが多いので、講評として鏡のように「君がやろうとしていることは〇〇だよね」と確認されるだけで、ショックで泣き崩れることも。今でも都市がテーマのエッセイを書かせると建築とは関係がない文章を書いてくる学生が結構居る。インターネットからの資料だけでエッセイを書くとツーリズムや不動産が中心に。仕方ないので、講評には「このエッセイは地図を使い人口とツーリズムについて書いているので地理学のエッセイです」と書かざるを得ない。建築関係の本を全然読んでないと何がポイントなのかがわからないので高校生感覚で地理のエッセイを書いてしまうのだ。反対に建築関係の学術本をたくさん読んでいる学生は学部生でも文章自体が論理的だし、驚くほど鋭い指摘をしてくることも。エッセイは書き方が決まっているので、内容は個々人で違っていても良し悪しは案外はっきりしている。

 

 さて、映画の中でフレッチャーは「俺が嫌いな言葉はgood jobだ」と言う。これは耳が痛かった。今回ある学生が提出前に見せてくれたドラフトがよく書けているので「素晴らしい初稿だ」と返信したら、浮かれてしまったらしく提出されたエッセイは伸びがあまりなくて、「素晴らしいエッセイ」に到達できなかった。これは大失敗だった。good jobと言われたら、言われた方はその先に伸ばす余地がなくなってしまう。ネタバレになるけれど映画の最後にフレッチャーがアンドリューの演奏に「good job」と言うのは、フレッチャーが教えられることはもうない、つまり完敗だ、と言う意味だと私は受け取った。

 

原題『Whiplash』は訳すと「鞭打ち」。映画の中で使われる曲の題名と掛けている。