アマヤドリ「人形の家」激論版 2024.03.22(ソワレ)

中日を過ぎた今回の上演に至って、徳倉マドカさんは、ついにご自身の若さを操り得たように感じました。
ラスト前、家を出ていくためにコートを着るために舞台裏に引っ込む直前の狂乱振りが、徳倉さん自身の若さゆえの激情の発露ではなく、劇中のノーラがやはり劇中の人物である夫トルヴァルに向け、激情の発作を演じているのだと、はっきりわかりました。夫がノーラを理解しないことを確認するというのが、この劇中の演技の作用ですが、確認するのは観客であって、ノーラはすでに家を出ることを決めているのでしょう、激情を装ったのはただ、ノーラへの無理解を夫に確認させるため、要は夫に対するノーラの優しさからだったのでしょう。そして観客を前にしてこの部分が成立したのは、トルヴァルを演じた倉田大輔さんの抑制の利いた演技あってこそ、というのも、見ていてよくわかりました。

話をお芝居の最初に戻します。以下、実際の登場の順番とは多少の前後があるかもしれないことをお許しください。
開幕、マカロンを口に入れるノーラ、この演技は昨日から復活したらしきパートですが、徳倉さんはさらに楽しそうに演じておられました。
クリスティーネを演じる中村早香さんは、初登場間もなく、ノーラが下手前クリスティーネが上手奥にそれぞれ座して対話するシーンに於いて、ノーラのセリフに対するリアクションで自らを観客に明示しておられました。この場面での、クログスタの登場時の目を丸くするところに関してはすでに昨日のソワレのレポートに記しましたが、この、ノーラとの対話に於いても、セリフを唱えるノーラばかり見ている観客にもアピールするような形でのリアクションをされている姿に、さすがベテランと感じました。
ノーラに対しては摂ることを禁じられていたマカロン、ノーラからそのマカロンを口に入れられるところ、今日は「え?わたし共犯にされちゃうわけ?」といった様子の演技を追加していらっしゃいました。クリスティーネの前にノーラからマカロンを口に放り込まれるランク医師を演じる西本泰輔さんも、口三味線で盛り上げる所作を加えておられました。
西本さんといえば、ランクが死を予感する場面での、空間を見やる演技は素晴らしかったですね。仕事をねだるクリスティーネ、その件でやり取りをするノーラとトルヴァル、彼らの背後でそれぞれに対して違った態度を演じる箇所、トルヴァルに対するノーラの様子から自らの立ち位置を悟る箇所、いずれも見事なリアクションでした。
影の主役とも言えそうな大塚由祈子さん、乳母役のさいに一瞬の視線で伏線を貼るところ、今日も見事でした。この伏線は、ラストの子供に関するノーラとトルヴァルとのやり取りにおいて、回収されるのですけれども。
大塚さんと言えば、ノーラにクログスタの二回目の来訪を告げるシーン、女主人にとっての嫌な奴との面会の仲立ちをすることで、ノーラに対する日頃のうっぷんを密かに晴らそうとしているのかなと思える演技が鋭かったですね。
その嫌な奴、クログスタを演じる宮崎雄真さんは、単なる悪役あるいは俗物に堕することなく演じておられました。ノーラが家を出るラストを匂わせないよう演技してくださっていたわけです。
トルヴァルを演じる倉田大輔さんもちょっとした演技を増やしていたようです。クログスタからの手紙を開いて中身を出すところ、手の震えを明らかにしていましたし、開けた手紙の上下を直すのも今日からかな、そして、手紙を破るところも、長めになさっていたように感じました。
なおトルヴァルがクログスタへの対応として「罰」という言葉を発するところがあります、この言葉にノーラは大きな違和感を示し、この違和感はオーラスで「教育」そして「愛」という言葉に於いて再現されるのですが、この違和感も、徳倉マドカさんのみならず、倉田大輔さんの演技あってこそ観客に伝わるというものですね。

手紙と言えば、クログスタあての、解雇を知らせる手紙をトルヴァルから渡されるシーン、手紙を渡されたヘレーネ役の大塚由祈子さんは、住所の記載された面をトルヴァルがら示されるところで、住所を確認すべく裏返す所作を加えておられましたね。
手紙と言えばさらに、クログスタからの手紙をトルヴァルが郵便受けに取りに行くところ、倉田大輔さんが客席の方にポストがある設定で観客出入口から出入りするのも昨日からかな。このシーンでは、西本泰輔さん扮するランクが酔って出入りするところ、その前の倉田さんたちが出入りするところ、の三回が、観客出入口から出入りするように変更されていましたが、中日前に於いては出入りするのは舞台奥へだったはずです、思うに、時間の節約のために舞台奥への出入りとしていたところを元に戻したのでしょうね。その結果として、「仮装を脱ぐの」のセリフに続いてノーラが舞台奥に下がるところの印象が強まるわけだなと思いました。変更というか元に戻したのであろうために上演時間はかなり長くなりましたが、やれるだけやってしまおう、という、劇団側の心意気を感じました。

最初に記したオーラス前のノーラの様相は、昨日までのパフォーマンスでは、ノーラを演じる徳倉マドカさん自身の感情の発露と見えてしまったかもしれないところなのですが、今日の激論版では、トルヴァルを演じる倉田大輔さんの抑制の利いた演技のサポートあっての上なのは当然として、トルヴァルに対するノーラの最後のやさしさとしての激情の演技、すなわち、徳倉マドカさんによる劇中の演技であることが、明らかになったと感じました。

徳倉マドカさんは、自らを惑わしていたかもしれないご自身の若さを、ついに操り得たのだな、と思わされました。その徳倉さんに応えようとするがごとく演技の彩りを増してくださった、あるいはノーラ役をさらに際立たせるべく演技を進めてくださった助演の皆様の在り方がとても嬉しかった、今日のソワレでした。