大阪松竹座の 立春歌舞伎特別公演夜の部の切は

近松門左衛門作『曽根崎心中』

昭和28年 坂田藤十郎(当時二代目扇雀)のお初 二代目鴈治郎の徳兵衛で復活上演して大当たり

それ以来 成駒家のお家芸で お初と徳兵衛は 成駒家以外の役者は 演っていないだろうと思っていました


最近見たのは コロナ禍の2年ちょっと前の

令和3年12月の南座 顔見世

客席も65%くらいしか使ってなかった時です

この時のお初&徳兵衛は 扇雀と鴈治郎


令和3年南座 曽根崎心中のブログ


あの時は ラストで 徳兵衛はお初を刺し 自分も首を斬って まるで 文楽人形のように重なるように死にました  初めて見た演出で 新鮮で感動した


あれから2年ちょっと

ご当地大阪で見る 『曽根崎心中』

なんと 徳兵衛が音羽屋の尾上右近

成駒家にとって門外不出の役ではないのか? と思っていたので 

南座顔見世の番附けを確認してみると

昭和40年以降で 平成5年11月 南座で菊五郎が 

平成6年9月歌舞伎座で梅玉が 徳兵衛を演っている ようです

お初は全て成駒家が演っています

と言っても 本公演で当代扇雀が3回 壱太郎が1回だけ

あとは全て坂田藤十郎が、演っています (計1400回以上)

親子あるいは兄弟でお初&徳兵衛を演じてきた


だから 今回 尾上右近が徳兵衛を演るというのは 30年ぶりの大抜擢なのです


壱太郎と右近は 最近色んな公演で共演しているから 恐らく仲も良く 息もあっているだろう 

男前の右近だから 徳兵衛はお似合いの役かも知れない

ただ 上方言葉のイントネーションとか で苦戦するかも と 思っていました



生玉神社境内の場の幕が開く

折り網笠を深く被って花道をウキウキと歩いてくる徳兵衛

お初が見つけて笠を脱がす

成駒家とは違う 顔かたち 

鼻筋の通った面長の顔 拍手



緋毛氈の敷いた床机に座る2人 

会いたかったお初

随分と久しぶりになった経緯を説明する徳兵衛

2人の距離が近い

肩と肩 お尻とお尻が触れている

見つめあって台詞を言う2人の 

顔と顔の距離が30センチもない 

恐らく20センチ前後 いや もっと近いと思う時もある

手は相手の大腿の上に乗せて互いの手を重ね合う

ラブラブ感全開です


藤十郎や扇雀のお初と 鴈治郎の徳兵衛は ここまで近くなかった

親子或いは兄弟だし 

生玉神社境内の日中の公衆の面前で このラブラブ感は 良い意味で現代的で 昭和生まれの私には刺激的!


右近の台詞は 初めは少し早口になっていたけど すぐに良いペースになって 

上方言葉は 1、2カ所くらい気になったところはあったけれど ほぼ完璧


徳兵衛の友人である 油屋九平次は中村亀鶴 

徳兵衛から銀2貫を借りたが そんな銀借りてないように証文の判は失った物と言いのける 

お初に横恋慕の悪い奴

亀鶴にピッタリの役



徳兵衛は数えで25歳 お初は19歳

右近と壱太郎のスマートな若い2人が演じると リアリティがあり 見映えがする



壱太郎はお初役だし 鴈治郎 扇雀 以外に徳兵衛をするとなると 成駒家では 虎之介しかいない

虎之介は連獅子で頭も体力も精一杯だろう



今は亡き坂田藤十郎が温めて名作にした『曽根崎心中』成駒家だけで守っていても 尻すぼみになるかも知れない

今回はその門戸を開くきっかけになった公演だと思う


江戸歌舞伎役者の右近が 今回の公演で当たると 

今後 幸四郎や隼人が出来るかも知れない 上方歌舞伎役者の愛之助も出来るかも知れない

壱太郎や虎之介が徳兵衛を演って 米吉や右近がお初を演っても面白いかも知れない


そんな未来を想像してしまう 今回のお初&徳兵衛でした

2人は概ね良かったです



このあと書くことは 

初日から3日目の日曜日に見た公演で

私なりに

気付いたこと 気になったこと を 書きたいと思います

上方歌舞伎ですから 藤十郎や鴈治郎の型通りに 演技をしなければいけない わけではないけれど


私が舞台監督 或いは 藤十郎なら こんなことを 言うだろうな みたいな事 を思い出すままに書きます


① 生玉神社境内の場の最後

2貫目の銀が戻らなくなり 偽の証文を作ったと九平次や周りの人たちに罵られて あー もう明日からは大坂で生きて行けない と花道七三まで来た時 持っていた折り網笠の紐をゆっくりと顎にくくって被った

その後足早に鳥屋に消えていった

鴈治郎は 紐を結ばず 深く笠を被って両手で耳を押さえるようにして 足早に立ち去りました

徳兵衛は絶望しているし世間の中傷は聞きたくないはずだから 鴈治郎はんの方が私は好き


② 藤十郎さんや鴈治郎さんは 花道から舞台に出てきた時とかに 〝おこつく〟芸を見せるのですが

〝おこつく〟とは 履き物が 石や穴ぼこに引っかかってけつまづく(こけかける)ことですが 

成駒家は凄く自然で あーまた演ってるわー と知ってる人は笑える 

右近君も なんか2回ほど演っていたかも知れませんが 膝が屈曲して なよっとなっただけでした

別に成駒家の真似をしなくても良いけど・・・


③北新地天満屋の場

縁の下に隠れている徳兵衛は 心中の意志を確かめるお初の右足を取り 首にあてがって 首を斬るようなポーズをするのですが その時に 右近は 目を見開いて頭が半分くらい縁側から上に出てきていて 見つかるー と思ってしまいましたよ

愛おしそうにお初の足を取り 頬ずりするように首にあてがう ぐらいで良いのかなぁ と思う

もう一回 頭が半分くらい出ていました


④曽根崎の森の場

2挺2枚の浄瑠璃に乗って 死に場所を求めて2人の道行です 

この時の壱太郎と右近の表情が 終始悲しそうで暗い

普通に考えると あと何分か後には 命を断つのだから当然暗い表情になるのだけれど

お初のハラは 

あと何分か後には 遊女ではなくなる 

遊郭という苦界を抜けて 大好きな徳兵衛と来世で一緒になれる という喜びの心があったはず

(遊郭では 好きでもない男を相手にしなければいけないし 好きでもない例えば九平次なかんかに身請けされたらたまったもんじゃない)

お初は 久しぶりに生玉神社で徳兵衛に出会う前から 徳兵衛と一緒になれるなら死んでもいい と思っていたはず

一方 徳兵衛は 店主の勧める縁談を断って なんとか現世でお初と夫婦になりたいと思っていた しかし2貫目の銀の工面もできず 大坂中の笑い者になってしまった今は 消えて無くなりたい 大好きなお初を道連れにして 

そんな気持ちだったと思います


道行の時の 2人の気持ち・ハラは 微妙に違う

壱太郎に少し喜び・嬉しさの表現があればなあ 

そんなことを思いながら見ていました


道行のラストシーンは 

お初は 膝をついて 数珠を持って手を合わせて徳兵衛を見つめる 徳兵衛は短刀を持ってお初を刺そうとするところで 幕が引かれました

お初の絶命するところは観客に見せないという 藤十郎さんのお初のラストシーンと同じでした

壱太郎が お祖父さんの型通りで演ったことは 良かった

お祖父さん思いの孫なんだなぁ なんて思いました