NHK受信契約・ワンセグ携帯地裁判決に高市総務相がコメント/約款作成者不利の原則 | なか2656のブログ

なか2656のブログ

ある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

1.NHK側敗訴の判決が出される
8月27日にNHKの受信料に関して興味深い判決がさいたま地裁で出されました。

自宅にテレビはないが、ワンセグ機能付きの携帯電話を持っていた男性がNHKに受信料契約を締結する必要があるか否か確認したところ、NHK側が「ある」と回答したため、その義務がないことを確認する訴訟を提起したところ、今回裁判所がその義務がないことを認めたとのことです。


(NHKニュースより)

毎日新聞・NHKニュースの記事によると、放送法64条1項は「NHK放送の受信設備を設置した者」は、受信契約の締結義務があると定めており、裁判では、ワンセグ携帯所持者が「設備を設置した者」に当たるかが主な争点となったそうです。

 原告の男性側は「電話を『携帯』しているだけでは設備を『設置』したとはいえない」と主張。一方、NHKは「設備が一定の場所に置かれているか否かで区別すべきでない。放送法の『設置』には『携帯』の概念を含んでいる」とし、契約締結義務があると反論したとのことです。

これに対して、8月27日の判決は、「放送法の『設置』という言葉は、テレビなどを念頭に一定の場所に据えるという意味で使われてきたと解釈すべきで、携帯電話の所持は受信設備の『設置』にはあたらない」「別の条文は『設置』と『携帯』を区別しており、NHKの主張には無理がある」などと指摘。受信料負担の要件は、税金などと同様に明確にする必要があるとして、契約義務はないと結論付けた、とのことです。
(「ワンセグ放送 NHK受信料、支払い義務ない」毎日新聞2016年8月26日付)

NHK側は即日控訴しました。

2.高市総務相が記者会見を行う
これに対して、さらに興味深いことに9月2日、総務大臣の高市氏が記者会見を行い、この判決について「総務省としては受信契約締結義務の対象と考えている」と述べたとのことです。

高市総務大臣は記者会見で、「総務省としては、受信設備の『設置』という意味について、『使用できる状態におくこと』と規定したNHKの放送受信規約を認可しており、従来から、ワンセグ付きの携帯電話も受信契約締結義務の対象だと考えている」と述べたとのことです。
(「総務相「ワンセグ携帯も受信契約義務の対象」」NHKニュース2016年9月2日付)

3.放送法とNHK放送受信規約

放送法

(受信契約及び受信料)
第64条
 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第百二十六条第一項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

第2条
 第14号

 「移動受信用地上基幹放送」とは、自動車その他の陸上を移動するものに設置して使用し、又は携帯して使用するための受信設備により受信されることを目的とする基幹放送であつて、衛星基幹放送以外のものをいう。


たしかに放送法の受信契約・受信料の根拠規定の64条をみると、受診設備を「設置」とあります。また、たとえば同2条14条などは、「移動受信用地上基幹放送」の定義規定ですが、判決が指摘しているように、「設置」と「携帯」という文言を明確に使い分けています。

日本放送協会放送受信規約

(放送受信契約の種別)
第1条

(略)
2 受信機(家庭用受信機、携帯用受信機、自動車用受信機、共同受信用受信機等で、NHKのテレビジョン放送を受信することのできる受信設備をいう。以下同じ。)のうち、地上系によるテレビジョン放送のみを受信できるテレビジョン受信機を設置(使用できる状態におくことをいう。以下同じ。)した者は地上契約、衛星系によるテレビジョン放送を受信できるテレビジョン受信機を設置した者は衛星契約を締結しなければならない。ただし、難視聴地域または列車、電車その他営業用の移動体において、衛星系によるテレビジョン放送のみを受信できるテレビジョン受信機を設置した者は特別契約を締結するものとする。


4.NHKおよび高市大臣の主張を考える
ちょっと長いですが、このNHK放送受信規約1条2項に「地上系によるテレビジョン放送のみを受信できるテレビジョン受信機を設置(使用できる状態におくことをいう。以下同じ。)」というかっこ書きの部分があります。

高市氏が指摘しているのはおそらくこれであり、NHKは事業者としてこの文面のとおり規約を作成し、その認可申請を国に行い、当時の国はこれを認可したのです。

つまり、「『設置』=「使用できる状態におくことをいう」」と事業者側たるNHKが考えており、その規約は行政法規上、正当に成立したことはわかりました。

しかし、あくまでもこれはNHKの規約なのであり、地裁判決で敗訴したからといって、事業者でなく、監督する側の大臣が記者会見で見解を述べるというのはある意味奇妙です。

とはいえ、NHKは昔からの自民党・公明党の広報TV局であり、政府・与党と一心同体であることを考えれば、総務省の大臣がNHKの声を代弁していると考えてもう少し考えてみます。

5.約款作成者不利の原則
規約とはいわゆる約款の一類型です。電気・ガス・水道などの契約のように、大量・定型・迅速処理が求められる現代社会の契約類型においては約款は必要不可欠です。しかし、力関係で優位に立つ大企業が一方的に作成する約款は契約者・消費者に対して不利になりがちです。

そのため、そもそも約款は有効なものなのか?というそもそも論の論点がある一方で、それを有効としたうえで、欧米においても日本においても判例・学説上、何とかこれを契約者・消費者に不利にならないような解釈となるような、約款の解釈論が唱えられてきました。

その代表的なもののひとつが、「約款作成者不利の原則」と呼ばれるものです。つまり、約款の文言の解釈が不明確な場合は約款を作成した者、つまり約款作成者(=事業者)に不利に解釈するという原則です(山下友信『保険法』121頁)。

また、約款作成者不利の原則はとくにドイツで採られているとされており、日本ではそれに加えて、裁判で約款の解釈が争いとなったときに、「契約者の合理的な意思」は何かを探るアプローチが取られるとされています(山下・前掲119頁、最判平成9年9月4日判決等)。

6.まとめ
これらの考え方によりNHKの規約を考えてみたいと思います。

まず、さいたま地裁の判断のように、契約者の合理的意思という面からみて、「放送法の『設置』という言葉は、テレビなどを念頭に一定の場所に据えるという意味で使われてきた」という解釈が妥当と思わざるを得ません。

たしかにNHKの規約は、「設置とは使用できる状態におくことをいう」という趣旨の読み替え規定を置いてはいます。

しかし、放送法64条1項とこの規約1条2項をよく見比べると、放送法が「受信することのできる受信設備を設置」としているところを、NHKの規約は「受信できるテレビジョン受信機を設置」と、「受信設備」という重々しい用語を敢えて「テレビジョン受信機」という用語にすり替えて、契約者・消費者を、軽い機材がこの条文に読み込み可能なようにリードしています。

これは力関係で契約者・消費者に対して圧倒的に優位に立つ事業者として、契約締結にあたる態度としてフェアではありません。

NHK(およびそれを認可してきた総務省)がこのような態度にでるのであれば、約款作成者不利の原則の観点からも、騙されかけた契約者・消費者が救済されるべきです。

また、放送法64条ただし書きは、「ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(略)のみを設置した者については、この限りでない。」というかなり幅広な免除規定を置いているのに、NHKは受信契約の例外を認めないという取扱いを規約でとっているのは、放送法64条の潜脱であると思われます。

このただし書きの部分と、NHKの規約を読むと、ワンセグ機器などについて規約が法律の規定を打ち消す内容となっていますが、このような状態は法律による行政の原則から健全とは思えません。国民の権利利益に関する事項なのですから、国会の審議のうえでの放送法の64条等の一部改正が必要と思われます。

なお、総務省から認可を受けてNHKの規約が放送法上、(=行政法上、)形式的には有効であるとしても、だからといって今回、さいたま地裁で敗訴判決が出たように、NHKの規約が民事上も正しいということにはなりません。

主務大臣の認可のない行政法規上無効な改正普通保険約款であってもその効力は民事上は有効とする判例(最判昭和45年12月24日判決、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』62頁)があり、両者は一致するわけではないからです。

■関連するブログ記事
・民法改正案 約款/約款の拘束力‐普通保険約款に関連して

保険法





法律・法学 ブログランキングへ
にほんブログ村 政治ブログ 法律・法学・司法へ
にほんブログ村