スズキ会長の燃費データ不正問題における「善意なら人情的に」は問題ないのか?/取締役の責任 | なか2656のブログ

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新聞各紙によると、軽自動車大手のスズキが5月18日、自動車の燃費データを国が定めた方法とは異なる不正な測定方法を用いていたことを発表し国土交通省に報告したとのことです。そして同日午後に、鈴木修会長らは東京都内で開いた記者会見で、「深くお詫びを申し上げたい」と陳謝したとのことです。

・スズキ会長「深くおわび」 16車種210万台で燃費測定不備|日本経済新聞


(ハフィントンポストより)

The Huffington Post2016年5月18日付によると、記者会見はつぎのような様子であったそうです。

・スズキの鈴木修会長が辞任否定「悪意だったら問題だが...」 全車種で燃費データ不正|The Huffington Post

『鈴木俊宏社長によると、測定方法の不正が発覚したのは現在スズキが生産・販売している全16車種で累計210万台を超えるという。スズキは国が定めた惰行法でのデータ取得を行いながら、テストコースで走行した実測値ではなく、タイヤやブレーキなど個別の測定値を積み上げて算出したという。』

『不正の背景について、鈴木社長は「保有するテストコースは、海の近くの丘の上にあることから、風の影響を著しく受けやすい。天候にも左右され、試験が難しかった」(と話した。)』

私がとくに気になったのは、この記事の中盤に掲載されていた、記者と鈴木会長との一問一答のつぎのあたりです。

――不正の動機は。燃費をあえて良くしようという意図はあったのか。

本田副社長:燃費を、あえてよくしようという意図が働いている形跡はありませんでした。不安定な作業の中でより効率を上げて、的確なデータを得ていきたいというのが動機だったと判断している。燃費をあげようという意図は決してなかったと、私どもは判断している。燃費については疑念がないと、国交相へも報告させていただいた。

――役員を含めて処分、処罰を考えているか。

鈴木会長:よく調べた上で考えたい。やるとしても、まず調査が先ですから。惰行法を国のルールに従ってやる、正常化するというのがまず第一。その次は、それを実行するということ。過去の問題は後になるかと思っております。調査してみないと。善意でやったこと、無知でやったことなどいろいろある。悪意で燃費をよくしようとするのは問題だが、善意でやったということであれば、人情的に考えなくちゃいかんだろうと思っています。

これは記事を読んでいて、うーんと思ってしまいました。

現場の従業員がかりに「的格なデータを得るため」に不正なテストを行っていて、それが「善意」であったとして、それを経営陣は「人情的」に考えるべきなのでしょうか。

現場の従業員の懲戒処分の判断について経営陣が「人情的」に考えるはもちろん大いにありだと思いますが、経営陣自身の責任をも「善意または無知だったのだから人情的」に考えてよいのでしょうか?

鈴木会長を含め取締役は、法令および定款等を遵守し、会社のために忠実にその職務をおこなわなければならないという忠実義務を負っています(会社法355条、民法644条)。この忠実義務は、会社と委任の関係にたつ取締役の善管注意義務(民法644条)をより一層明確化したものとされています(神田秀樹『会社法 第15版』208頁)。

この忠実義務違反があった場合の効果としては、取締役は会社に対して損害賠償責任を負うことになります(会社法423条)。同法は旧商法266条1項5号の「法令」つまり、会社がその職務を行うにつき遵守すべきすべての規定をも含む「法令」に違反した場合に、取締役が会社に対して損害賠償責任を負うとするかつての条文の趣旨を承継したものとされています(加美和照『新訂会社法 第9版』361頁)。

あるいは近年、裁判所は経営判断に事後的に介入すべきでないとする、いわゆる経営判断の原則が主張されています。これは①当該行為が経営上の専門的判断にゆだねられる事項であること、②意思決定の過程に著しい不合理がないこと、③意思決定の内容に著しい不合理がないこと、の3点が主な内容とされています。

しかし、この経営判断の原則も、「従来の善管注意義務について、取締役の裁量の幅を広く認めれば足りる」とされています(加美・前掲360頁)。つまり、経営判断も取締役の忠実義務・善管注意義務の内容の一つである以上、法令および定款等の遵守はその大前提なのです。

また、取締役会は、各取締役の職務遂行の監督をしなければならず(会社法362条3項2号)、さらに、同法同条4項6号は、「取締役の職務の執行が法令および定款に適合することを確保するための体制」を整備しなければならないとします(いわゆる内部統制システムの構築)。

この内部統制システムについては、会社法施行規則100条がその細則を定めますが、たとえば、同条1項4号は

当該株式会社の使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制

を構築することを求めています。
そのため、多くの企業は

法務・コンプライアンス取締役をコンプライアンス全体に関する総括責任者として任命し、コンプライアンス体制の構築、維持及び整備を行う。

監査役及び内部監査担当は、情報交換などの連携を行い、職務執行の内容が法令及び定款、関連諸規程に準拠して適正に行われているか、問題の有無を調査し、必要に応じて取締役会へ報告する。

法令違反行為などに対して、社内外(監査役・取締役・社外の弁護士事務所)に匿名で相談・申告できる「内部通報窓口」を設置し、申告者が不利益な扱いを受けない体制を整備をつくる。

などの取組みを実施しているのが通常です。

しかし、ここまで見てきたように、これらの取締役の忠実義務から、内部統制システムが求める各種の社内の取扱いにおいては、「善意だから法令違反を許そう。」「善意なら法令違反の行為の人情的に許してやろう」といった法令上の根拠となる条文はみえてきません。

むしろ逆に、現場の従業員は、もし不正なテストが行われていると知ったら、ただちに内部通報窓口に通報すべきであったのであり、また、スズキの社内の監査部やコンプライアンス部などは、社内各部の点検・業務監査などでこの不正なテストを発見すべきだったのであり、さらに、テストを担当する部署や商品開発部門などの担当取締役はとくにその現場において不正が行われていないかどうか常に目を光らせておくべきでした。

さらに、商品開発担当取締役だけでなく、取締役会もこの不正をチェックすべきだったのであり、会長・社長が法令違反を見抜けなかった責任も重大です。

つまり、スズキにおいては、内部統制システムが機能不全に陥っていたのであり、社内のコンプライアンス、ガバナンスがぼろぼろであったのです。

たとえテスト部門の従業員が全員、善意であったとしても、国が法令で定めた基準に従わないで行ったテストの結果をあたかも正しいテストで出した結果のようにして、それを含む書類を国土交通省に提出した、ということであれば、その提出書類は完全に法令違反です。

かりにこれが保険会社の場合であって、ある保険会社が保険新商品の許認可を得るにあたり、たとえば保険料や保険金の算出の基礎となる保険数理の書類に実は虚偽を含ませた書類をつけて、認可申請書類を金融庁に提出し、その新商品の認可を受けたとして、後日、その虚偽が判明したら、それは完全に法令違反であるとして、金融庁は即座にその保険商品の認可を取消すでしょう。

さらに金融庁はその保険会社に対する業務停止命令・業務改善命令を発出し、その悪質さによっては保険業の免許取消しも検討するでしょう。

にもかかわらず、記者会見の場で、「善意でやったということであれば、人情的に考えなくちゃいかん」等と発言をしている鈴木会長は、日本を代表する大企業の会長でありながら、事の重大さを理解していないとしか思えません。

自動車も場合によっては人の生命・身体の危険がかかるものであるのに、国土交通省などが自動車メーカーに大甘な対応しかしないのは理由がよくわかりません。

とはいえ、鈴木会長らスズキの取締役達は、国土交通省などの処分がないとしても、まずは法人たるスズキに対して、上でもふれたとおり今回の不正なテストで発生した損害を賠償する責任を負います(会社法423条)。

そして、これらが適切になされない場合は、スズキの株主による、株主代表訴訟が提起される可能性があります(会社法847条)。

■参考文献
・神田秀樹『会社法 第15版』208頁
・加美和照『新訂会社法 第9版』360頁、361頁

会社法 第18版 (法律学講座双書)



新訂 会社法



倫理・コンプライアンスとCSR





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