童心(ジャカランダの少女)#57
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ジャカランダの少女(その4)
   満州入りにはそれほどの障害はなかったのに、満州からの逃避行は遅れれば遅れるほど、帰還者の行く手を邪魔する魔物が立ち塞がっていた。最初は汽車も動いていた。驚いたことに、車内には一般のロシア人がもう見られた。
 以前は車両の片隅で、卑屈に座っていた朝鮮人が、今は堂々としている。それは汽車と言っても貨車のようなものであった。八重子たちはその屋根にへばり付いて乗らなければならなかった。征服者と被征服者との関係が終戦を境に、逆転したのである。これほどまでに人間は国家の状況に左右されるものであることを、難民たちは骨髄に滲みるほど感じとっていた。昨日までは美しい服を着、『米は日本人だけの食べ物、朝鮮人や中国人は、トウモロコシ、麦、コウリャンなどの雑穀を食え』などと威張っていたのに。今では、垢に汚れた薄汚い衣服を身にまとい、食べ物もろくに口に出来ない乞食同然の日本人に、
 「どうだ、貧しさとはこんなにも惨めなものだろう。お前達は私たちを牛馬や豚ぐらいにしか思っていなかっただろうが。今となっては、お前達こそ痩せ細ったさ迷える犬ではないか。じっくり苦しんでもらおうじゃないか」
 そのような声が伝わってくるようであった。  
 大人たちは、それでも運命の流れに、その変化に耐えていかねばならないことを知っていた。日本に還ることさえできれば、自分たちを温かく迎えてくれる故郷がある。満州での夢は敗れたが、また再出発が出来る。どのような状況が待っていようと、今よりましにちがいない。早く、早く、日本に帰らねば、というはやる気持ちを抑えながら、来るべき明日という日が少しでも良くなることを祈りながら、現実の苦汁の波に翻弄されていた。
 
 八重子の兄は違っていた。まだ少年期を過ぎ、青年期に手の届かない若者にとって、耐え忍ぶ知恵など備わっているはずがなかった。よほど父親から日本人の自尊心を植えつけられていたのであろう。
 「僕は天皇の赤子だ。なぜ、朝鮮人やロシア人よりひどいところに乗らなければならないのだ」
そう言うなり、日本の兵隊だけに特別に用意された列車に乗ってしまったのである。この列車は八重子たちの乗っていた列車とは反対方向に向かっていて、そこに乗っていた元日本兵はロシア当局に騙され、シベリヤに護送られていたのである。
 「俊彦ちゃん。それでは私たちは離れ離れになってしまうでしょう!」
祖母が叫んだ時には、もう兄は列車の乗り口の扉を開けようとしていた。兄は祖母の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、振り向きもせず、汽車の中にグイッと入ってしまった。 その時、列車は蒸気を激しく吹きながら、静かに動きだした。祖母も八重子も、あまりにも突然な、あまりにも予期できなかった出来事に、夢の中の一場面が過ぎ去るように、貨車の屋根の上で、血液の凝結しそうな、兄との別れにおののいていた。煙草の煙と、人間の吐く息で窒息しそうな窓の中から、敬礼している兄の薄黒い影が、八重子と祖母の眼前をゆっくりと横切って行った。これが八重子にとって、兄を見た最後になってしまった。
 兄と別れた八重子と祖母は、ここからは女だけの、逃避行に直面しなければならなかった。汽車を利用出来ることも稀になった。
 富寧の近くまでやってきていたのであろう。海岸線が見え隠れする細い道を、数え切れないほどの日本人の群れが、南へ南へと向かっていた。いつの間にか、八重子のグループだけでなく、どこからともなくやって来た難民の集団が蟻の行列のように、重い足を引きづりながら行進していた。 
 「おばあちゃん、お腹すいたよ。足がいたいの」
 「辛抱するのよ。きっと次の町では、何か食べ物があるからね」
 満州を離れる時持ってきた食べ物など、とうの昔になくなっていた。身に纏(まと)っていた衣服は食べ物と交換する貴重なものであったが、それもなくなり、男たちは裸同然であった。
 「おばあちゃん。みんなふんどしだけよ。変なの」
 「そんなにじろじろ見るものではありません。あのおじちゃんたち、きっと家族のために着物全部売ってしまったのよ」
 「お父さん、今どうしているの。お母さんも」
 「みんな八重子が日本に帰るのをまっているからね、頑張ってちょうだい」
 
 八重子は祖母の後をトボトボとついていった。所詮少女と老婆の歩調はグループから遅れてしまう。間島から行動を共にしてきた人々の姿はいつの間にかなくなっていた。誰もこの哀れな少女と祖母の面倒を見てくれるほど余裕がなかった。彼等は八重子たちとは全然違ったルートで行進中なのか、もう釜山にまで辿り着いているのか、知るよしもなかった。
 「お嬢ちゃん。頑張れよ」
 言葉をかけてくる人がいた。でもその男の顔には優しさどころか、悲壮感が漂っていた。髭もじゃで、御伽噺に出てくる汚れた山賊のようであった。励ましのつもりで言ったのだろうか、自暴自棄から発する気休めの言葉であったのだろうか。感受性の強い少女八重子には、むしろ嫌悪を感じ、
 「おっちゃん、そんな言葉より、何か食べものちょうだい。食べ物がないのなら、抱っこしてよ」
と、心の中で毒ついていた。
 
 満州の夏には「かわいいね」と、近所の人に褒めてもらった赤色のスカートも、裾の一部がほどけ、魔法使いの衣装のようにスカートの下の方で波打っていた。
 祖母は、日に日に八重子の姿に、汚れが増し、子供らしさが失われていくのを見ながら、  「この子を本当に日本まで連れて帰れるのかしら」と、一人ごとを言おうとし、ようやくその言葉を口元で抑えた。
 その時、八重子の呟きを聞いた。     
 「おばあちゃん、くつの中から指がでている。指まで何か食べたいと言っている」
 「大丈夫、この子はこんなにひもじい思いをしても、この状況を皮肉めいて表現出来るんだから」
と、安堵した。
 
 盲腸の傷口へのばい菌の侵入も、いつしか癒えていた。子供の生命力の凄さ、何かに守られた彼女だけの特別な治癒力の速さだったのかもしれない。 
 
 逃避行が進むにつれ、難民の様子に悲壮感が漂うようになって行くのを八重子は観察していた。一人の若い女が乱れ髪のまま、破れた着物を気にすることなく、肌を露にしている姿を見ている。集団からはぐれたのであろう。ただ遠方を見据え、泣いているのか、笑っているのかよく分からない。女の身の上に、何が起きたか、大人たちは分かっていた。しかし、少女は恐ろしい夢をみているように、また女がお化けのように感じられた。
 
 急に悪臭が八重子と祖母を襲った。逃避行の間に、無念にも行き倒れになった死体から発する匂いであろう。道路から少し離れた所に、小山のような黒い固まりが微妙に動いている。死体に纏(まつ)わろうとする蝿の軍団である。だが幸いであった。蛆虫が湧き、目も当てられない屍の朽ちる様子を見なくてすんだのだからだ。おそらく、この死人と同行した人か、後からこの死体を発見した人が、茂みの下にこの亡きがらを置き去りにしたのであろう。埋葬してやる気持ちはあったのだろうが、きっと時間も体力もなかったのだろう。道路の上ではなく、茂みまで運んでくれただけでも、まだ情けがあったと考えるべきである。八重子は目を背けながら、その側を通り抜けた。
                                                              
 逃避行が進むことは、地獄への道であった。毎日のように、これでもかこれでもかと、一度も見たことも、味わったこともない苛酷な現実に直面し、七歳の少女の心からはもう驚きも、感傷も、ましてや甘ったれた気持ちなど、とうにどこかに消えうせていた。

 それでも、朝鮮の自然は美しかった。真っ青な海、白波がその青さを際立たせ、漁船らしき船が数隻ゆっくりゆっくり波にゆられている。晴れ渡った空に太陽がギラギラと輝き、疲れ切った人々の上に容赦なく陽の矢尻を降り注いでいる。時には海岸から涼しい風が吹き抜けていくが、ほんの一時の清涼剤でしかない。その爽やかさを堪能する人などいない。山の方を見れば、青の濃淡の背景に田畑の緑、薄茶色を基調とした農家の家々、それぞれの家を繋ぐ灰色の道路。小川も水を豊かに讃え、水だけはこと欠かない。水辺に水鳥が餌を啄(ついば)みながら、羽根を休めている。どの角度をとっても、構成のしっかりした水彩画のように鮮やかで、しっとりしている。 地上の疲れきった難民の心とあまりにもかけ離れた自然。その自然が難民の運命をせせら笑っているように、悲しく、空しい対比を見せていた。
      
 祖母と八重子は、ヨタヨタではあるが、何とか集団の後ろの方で、彼らの足跡を辿りながら必死についていった。集団は見えなくなるほど前方にすぐ行ってしまう。次にやってきた集団にも同じように追い抜かれてしまう。このようなことを繰り返しながら、進んだり休憩したり、前進のみが生き延びることと信じて、意志もなく、ただ惰性で進行しているようであった。
  多くの人々の集団行動なのに、話し声はほとんど聞こえてこない。ただ、ヨタヨタした足の動きの乱れから発する音だけが、靴によって巻き起こる土埃とともに、微(かす)かに殆ど麻痺しそうになった鼓膜に伝わってくるだけであった。
 どこからともなく、「前へ進め」、「休め」という声が聞こえてきた。このような絶望の時にも、集団を動かすリーダーが現れるのである。その合図に少し遅れ気味に、誰もが羊の群れのように従っていた。       
つづく

写真:逃避行
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