童心(大谷12試合目のホームラン、親鸞的人間と道元的人間)#41
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大谷12試合目のホームラン
最近大谷のバットから快音が聞かれなくなった。ただピッチャーでは好投で、6試合に登板し、2勝2敗、防御率0.97である。サイ・ヤング賞を取るのではないか期待されている。昨年は、自己最多の55本塁打を放つほどの活躍をしたのに、今年はどうしたのだ。
ところが、先ほど、12試合ぶりにホームランを打った。長い間のスランプであった。一番喜んだのは大谷であろう。木庵も飛び上がるほど嬉しかった。ところが、5回表に山本がホームランを打たれた。しかも、二者連続のホームランであった。折角大谷が2対1にしたのに、8番バッターと9番バッターに連続してホームランを打たれてしまった。特に9番バッターは今シーズン一度もホームランを打ったことがなかったのに、この日2度もホームランを打ったというから、野球とは不思議なゲームである。
また7回表にに連打され、1,3塁になったところで、山本は変えられてしまった。もはやホームランの喜びが消えてしまった。それにバンドにより、走者が帰り、4対2になってしまった。この調子では、この試合も負けるだろう。敗ければ4連敗になる。
今試合を見ながら書いている。今は7回裏、1点入れられて、1,2塁。2アウト。また2点入れらた。6対2である。絶望・・・。今のドジャーズの打線だと、4点を挽回などできない。普段であれば、ドジャーズが無理と判断すると、チャンネルを切るのだが、今回は最後まで見ることにしよう。
木庵がいつも見ているYou Yubeの番組はハムショーという番組である。
ハムショーは、YouTubeで日本ハムファイターズ戦を中心に実況する人気クリエイターで、2025年からはDAZNのインフルエンサー実況や北海道新聞ポッドキャストの新番組『ハムショー×道新実況ch』にも出演している。アナウンサーを目指した経験を持つ熱い実況で知られ、登録者35万人超の「ハムショーのスポーツ実況ch」を運営している。主な活動内容は「ハムショーのスポーツ実況ch」で、ほぼ毎日、日本ハム戦やドジャース戦のライブ配信を実施している。2025年4月より「FRIDAY BASEBALL LIVE」で実況を担当。『ハムショー×道新実況ch』にて、試合実況と北海道新聞記者の裏話を交えた内容を配信。
経歴: 1999年生まれ、札幌市出身。2022年3月から活動を開始し、UUUMに所属。選手を信じて応援するスタイルが特徴で、ファンから支持されている。
・・・
7回裏、ドジャーズの攻撃、2アウト、ランナー1塁。バッターは大谷。さてどうなるか、実況中継である。ピチャーを変えてきた。ピッチャは2メーター3センチの長身、2年ぶるのメジャーに出場。2ストライク2ボール。空振り三振。駄目だ。これでは、挽回の見込みはない。
8回裏。負けるのは間違いない。ハムショーも言っている。「今のドジャーズでは、4点差はしんどいですよね」。
第一打者ベッツ:3ボール2ストライク。フライアウト。第二打者フィリーマン:3ボール2ストライク、ファボール。第3打者 。タッカー:二塁打、1アウト、2塁3塁。第4打者 スミス: ファボール。1アウト満塁。
第5打者 マンシー(ようやくドジャーズ球場が湧いてきた) 1ボール2ストライク、三振。第6打者 パヘス:(ピチャー交代)(2アウト満塁) 2ボール2ストライク、アウト、三者残塁。
9回大谷に回るが、4点は挽回するのは無理だろう。もう諦めている。
今シーズンの最初の頃は、ドジャズ打線は鋭く、この調子では3連勝は間違いないと言われていた。しかし、今の状態では無理。
木庵は大谷の大フアンである。選手としての実力はいうまでもないが、彼の人間性に日本の良き文化の代表、伝達者と思っている。彼には実力があり、実績があるから、説得力がある。まさにスサノオ精神を世界に広めてくれていると、木庵は期待と希望を抱いていた。ところが、最近の大谷の成績では、この神話を自信をもって木庵は述べることができない。それほど、大谷の存在は大きいのである。
さて、最終回の裏になった。T・ヘルナンデスは三振、キム・へソン;アウト、
大谷の第五打席、「とりあえずホームホームランを打ってくれ」と、ハムショーさんは言う。 強い打球だ、セカンドの好プレーでアウト。これで、ドジャーズは4連敗。絶望・・・。いや、明日は大谷がピッチャー。明日に期待しよう。
親鸞的人間と道元的人間(erasusさんからのトラックバック)
木庵の反応
<クラバーとしては、江戸城囲城戦をやってほしかったのだろう。それを避けた西郷隆盛と勝海舟は偉かった。元木庵>
erasusさんのコメント
-スコットランド人のグラバーは、
о「ジャーディン・マセソン商会」の長崎代理店の「グラバー商会」
-を経営したのが、
оグラバー:23歳(1961年)
-のことだから、
о南北戦争(1861年4月12日 - 1865年4月9日)米
оメキシコ出兵(1861年12月8日 - 1867年6月21日):メキシコ戦争
о英国公使パークス一行、鹿児島久光(グラバー)訪問(1866年6月17日)すでに薩長同盟が成立[グラバー:28歳]
о王政復古(1868年1月3日)政変[グラバー:29歳]
о鳥羽・伏見の戦い(1868年1月27日)
о勝・西郷会談(1868年4月5日)
о江戸城無血開城(1868年5月3日)
-と、
о北米では、グラバーの仲間が儲けていた
-のだから、
оグラバーも暗躍した
-と思う。具体的には、
о薩摩藩主の父親の島津久光
-との、
о仲介
-などであった。これが、
о英国公使パークス一行、鹿児島久光(グラバー)訪問(1866年6月17日)すでに薩長同盟が成立
-であり、
оイギリス帝国が公式に「倒幕派のクーデター」に関与した
-という契機になった。かくして明治維新は、
о呪われし傀儡政権
-と化してのであった。
木庵の反応
<「イギリス帝国が公式に『倒幕派のクーデター』に関与した。かくして明治維新は、呪われし傀儡政権と化した」。このあたりのことをもっと研究すべきである。新木庵>
<以前田原坂の戦場跡から出てくる弾丸を発掘するテレビ番組を見たことがあるが、弾丸がでてくる、でてくる。なるほど、政府軍の農民兵は怖いので大量の弾丸を撃ち込んだのか。元木庵>
erasusさんのコメント
-田原坂の銃弾は、
о二弾が正面衝突をして潰れた銃弾が、ごろごろしていた
-というから、
о何発撃ったら銃弾同士が正面衝突などするか?
-と考えると、
о随分、狭い地域
-で、
о近距離から撃ち合った
-のだと思う。無論、
о鉛製の銃弾
-だから、
оどこかに、ぶつかれば潰れる
-のだが、
о彼我の銃弾が出遭わなければ潰れない
-のだから、
о薩摩士族のエンフィールド小銃からも撃ちまくったのだ
-と思われる。明治政府軍は、
оスナイドル小銃(後装式)
-であり、
о連射性に優れていた
-のであり、
о伏射ができた
-から、
оメクラ撃ち
-をやったのであろう?
銃は-
о狙わないと意外に、よく当たる
-のである。銃は余程、名手でないと、
о狙うと当たらない
-のである。照準に命中していても、
о引き金の反動で逸れてしまう
-からである。わたしなら、
о「逸れ」を計算して、カンで最初から逸らして撃つ
-から当たるはずだ。下手が顔を狙うと、ほぼ、
о頭上に逸れる
-のである。左胸を狙うと、
о左耳辺りに逸れる
-はずだ。だから、
оさいとうたかおのゴルゴサーティーン
-でもあるまいし、
о眉間を射抜く
-なんざ、
о1億年早い
-のである。ど素人は、
о腹を狙って丁度、心臓辺りに飛ぶ
-と思うから、
о腹が良い
-のである。
木庵の反応
<ようするに、「数撃ちゃ当たる」ということか。新木庵>
写真:大谷翔平
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