2023年3月11日・祈りの場 | 南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

宮城県南三陸町。

大震災からの復旧・復興期を迎えている今、
町はかつての面影を失いつつあります。

そして人々の記憶も失われていくもの。

将来、思い出の補完の一助となれば…。

その願いをもって、私は町を訪れています。

( ;谷)。oO(הללויה)

2023年3月11日。

13回忌に当たるこの日、道の駅さんさん南三陸は、

祈りを捧げる目的で訪れた人々、そして報道関係者で

溢れ返っていました。

 

サイレンが吹鳴される1時間前の復興祈念公園。

祈りの丘の頂上には、既に人が集まりつつあります。

そして防災対策庁舎に向けられる数多のカメラ。

この建物は震災の象徴のような存在になっている。

そう確信せざるを得ないような景色が、目の前に

広がっていました。

8年後、庁舎に対しどのような判断が下されるのか。

その答えはまだ、誰も知りません。

 

14時46分直前。

整備された祈りの場に、人々が集いました。

遠い喧騒の中、静かな時間が流れていきます。

 

一方、整備されないかつての祈りの場は、静けさに

包まれています。ここは南三陸消防署跡地。

当時、多くの職員が殉職された場所です。

私はその建物を見ているはずなのですが、記憶は時間の

砂に埋もれ、正確な姿を思い描くことが出来ません。

 

震災後長きに渡り、ここには花や供え物がありました。

その後の復興工事の進捗に伴い、恐らく祈りの場と

しての“立場”が奪われてしまったのでしょう。

それでもここに祈りを捧げに来る人がいるのであれば、

何かしら「存在の証明」を後世に残すことは出来ない

ものか。私はこう考えてしまうのです。

ごく小さな看板でもいい。杭1本でも祈念樹でもいい。

“忘れない”為の何かがあれば、今は荒れた土地にも

記憶と思い出が再び蘇ることでしょう。

 

私の願望はさておき、今日は祈りの一日です。

思い思いの場所で、大切な“誰か”あるいは“何か”に

祈りを捧げられたことでしょう。

 

間もなく、13年目の春が始まろうとしています。