11年前の3月。
とある場所で、何人の方が亡くなったか。
“事実”としては知っていても、どこか自分とは縁遠い
ことと感じていたのかもしれません。
かつて誰かが撮った写真には、そこで働いていた方々の
姿がありました。震災の2ヶ月前の記録写真です。
切り取られた日常の一コマ。
そこに写る人々は、2ヶ月後の未来を知り得ない。
こういう日常が、数えきれないほどあったはず。
この所有者すら定かではない写真を、手に入れるべき
人たちがいる。多分、恐らく。
比較的早い段階で解体されたその建物。
2012年、その建物の面する道路は何度も通った
けれど、当時私は自分の目で見ていたのだろうか。
記憶を思い起こせない私が頼ったのは、結局自分自身が
撮影した過去の写真でした。
あぁ、確かに写っている。
もっとしっかりと目に焼き付けておくべきだった。
まだ時間はある。
成果はここには書きませんが、少しだけ行動しよう。
あと、写真の撮影も少しずつ再開…かな。