還るべき、生きる人々の写真 | 南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

宮城県南三陸町。

大震災からの復旧・復興期を迎えている今、
町はかつての面影を失いつつあります。

そして人々の記憶も失われていくもの。

将来、思い出の補完の一助となれば…。

その願いをもって、私は町を訪れています。

( ;谷)。oO(הללויה)

11年前の3月。

とある場所で、何人の方が亡くなったか。

“事実”としては知っていても、どこか自分とは縁遠い

ことと感じていたのかもしれません。

 

かつて誰かが撮った写真には、そこで働いていた方々の

姿がありました。震災の2ヶ月前の記録写真です。

切り取られた日常の一コマ。

そこに写る人々は、2ヶ月後の未来を知り得ない。

こういう日常が、数えきれないほどあったはず。

 

この所有者すら定かではない写真を、手に入れるべき

人たちがいる。多分、恐らく。

 

比較的早い段階で解体されたその建物。

2012年、その建物の面する道路は何度も通った

けれど、当時私は自分の目で見ていたのだろうか。

 

記憶を思い起こせない私が頼ったのは、結局自分自身が

撮影した過去の写真でした。

 

あぁ、確かに写っている。

もっとしっかりと目に焼き付けておくべきだった。

 

まだ時間はある。

成果はここには書きませんが、少しだけ行動しよう。

 

あと、写真の撮影も少しずつ再開…かな。