橋梁と、そこから見た風景の消失 | 南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

宮城県南三陸町。

大震災からの復旧・復興期を迎えている今、
町はかつての面影を失いつつあります。

そして人々の記憶も失われていくもの。

将来、思い出の補完の一助となれば…。

その願いをもって、私は町を訪れています。

( ;谷)。oO(הללויה)

先日寄木への迂回路を歩いた時に感じた違和感。

それはあるものが消えていたことによるものでした。

 

立入禁止の網目をくぐり辿り着いた伊里前川の川岸。

歌津の汐見橋(ウタちゃんはし)の橋脚が撤去されて

いました。先日の写真が、最後の一枚となりました。

 

震災後とはいえ、見慣れていた風景。

何か大きなものが抜け落ちたような感覚です。

ウタちゃんがこの川にやってきたことを証明するのは、

ポツンと残る壁画だけになりました。

 

一方志津川の汐見橋も、解体が進められています。

 

こうなってしまうと、私の関心は新しいものからは外れ

てしまいます。今後いつでも見れるものよりは消えゆく

存在を一秒でも長く記憶に残しておきたくなるのです。

 

失われるのは橋そのものだけではなく、そこから毎月

眺めていた風景もまた同様です。 ※2012年撮影

私の記憶は下の映像をもはや完全には再現出来ません。

 

明日9月3日は、汐見橋からも見えたであろう町役場が

新たな歴史を刻み始める日です。

節目となろう一日の記憶。

その記憶は、風景すら思い出すことが出来なくなって

しまった私に、いつまで消えずに残るのでしょうか。