ブログネタ:変えれるなら、過去?未来? 参加中本文はここから
最近、ブログネタに頼りっぱなしな
Mr.サボリっぱなしでございます!
変えられるなら過去か未来か?
なるほど、一見シンプルなようで
深いテーマですなぁ^^;
まぁ、安直に答えるなら
過去は変えられないが未来は変えられる…
逆に、まだ定まっていない未来を
変えるとは…こはいかに?
でも、僕は過去に起きた事象を
変えるべきではないと思っています…
なぜなら、きっと人は、
過去を弄っていいとするならば、
おそらく悪い出来事、嫌な出来事、失敗した出来事を
排除する選択をするでしょう…
しかし、禍福は糾える縄の如し、とも申します…
良い事象と悪い事象が、
まるで網の目のように紬合って、現在を成しているのであれば、
過去の一端の悪事を変えると、
その後に紡がれている網の目が入れ替わり、
そこは良くなったとしても、
別の部分で悪い事象が起きると思うのです。
人はその時、その立場で、その価値観で、その都度判断をします。
もしそれを現在という別のポジションから手をいれたなら、
そら恐ろしいことになると思うのです。
なぜなら、今の自分というのは、過去の自分からすると、
まるで親や先生のように、当時の自分には
理解出来ない視点にあるからです。
その視点でよかれと判断し、過去を弄ったら、
過去の自分はそれによって変わる事象に、
また別の判断をしてしまうでしょう…
今の自分はその礎の元に成り立っているわけですから、
その事象を外すということは、
積み上げた積み木の土台部分のパーツを引っこ抜くということ…
と思えてきませんか?
つまり、失敗、苦しみ、悔しさ、悲しさ、
そういった土台の上に、自信、悦び、回復、気力が
積み上げられているからです。
悪事なくして良いことは生まれないわけです。
ということで、今度は未来を変える…
という風に目を向けると、
未来もまた変えることは難しいのです。
過去と現在と未来を一直線に結ぶとしたら、
未来とは現在置かれている状況の延長線上にあると考えます。
その未来を大きく変えるということは、
過去や現在に影響を及ぼすと言うこと…
これもまた、先に述べたように、
自分の価値観とは異なるレールを引かれる…ということとなり、
バランスが崩れると思うわけです。
それに人の願う未来とは…
野球で外野手がボールをバックホームさせるように、
目的は一点…「幸せ」ということになるわけです。
それは物理的であれ、精神的であれ、
心の安住を求めて進むわけですね。
そうなると、
最も変えるべき時点というのは「今」が、
一番なのではないかと思うんです。
今を変えること…これもとても難しいことかと思うのですが、
先に述べた外野手のバックホームを手助けする内野手の中継…
これが現在…「今」なのです。
外野手とホームを最短に結ぶポイントを見つけ、
ボールを受けるポイントを正確に見定める…
それが最も人それぞれの願う幸せへの最短距離かと…
重要なのは、
過去の事象を正確に分析し、
現在の状況から、
最良の未来を導き出す…
ということではないんでしょうかね^^
三国志や信長の野望のゲームの
withパワーアップキット版のように…
設定が自由にいじれるのであれば、
それは楽なことですが、もしそれを人生でやったとしたら…
生き甲斐を感じられないんじゃないでしょうかね^^;